第21話 告白


 いつもなら宿屋に向かうところを、俺とエルザは公園に立ち寄っていた。

 昼下がりの平日ということもあって、公園には人が疎らにいる程度だった。

 俺たちは公園にポツンと置かれたベンチに座る。

 秋の寒空を見上げながら考えるのは、ガイストス研究所で聞いた魔法薬ポーションのこと。

 材料から考えれば、作れるのは一人分だけ。

 俺はまず、エルザの意見を聞いてみることにした。


「エルザは、どうしたい?」

「私は……」


 エルザは膝の上に置いていた自分の手を見下ろす。

 その手はゴツゴツとしていて、女の身体になった俺の手より大きい。

 俺の視線に気づいたエルザはふっと目を細めた。


「別に今のままでも問題ないよ。だから、カインの分を先に用意しよう」


 優しい声音で、変わらず俺を優先する。

 思えば、再会してからずっと俺を支えてくれた。

 どんな時も、エルザは俺のことを一番に考えて行動してくれる。

 そのことを考えると胸が締め付けられた。


「エルザ、俺は、俺はな。別に女のままでも構わないんだ。魔術に筋肉は関係ないし、なんだかんだこういう服を着るのも悪くないと思ってる」

「カイン……」

「エルザが女の子に戻りたいなら、俺は喜んで協力するぜ」


 エルザが選んでくれたワンピースの袖に腕を通す度、心が躍るのはきっと俺に似合うものを悩んでくれたから。

 女になっても、それほど大変に思わなかったのはエルザが側で守っていてくれたから。

 再会した時、なぜあんなに鋭い雰囲気を纏っていたのかは分からないけど、それでも俺はエルザの側にいたい。

 その為には、俺の過去を知ってもらう必要がある。


「エルザ、俺は【賢者】になれなかった落ちこぼれなんだ。村を飛び出した癖に大した手柄も残せなくて、それで追放されたんだ」


 自分から辞めることと、追放されることは違う。

 ましてや、俺は勇者パーティーから追放された話題にすらならない無能スキル持ちの賢者だ。


「最初は無能スキルの所為だって自分に言い訳して、努力している俺は悪くないんだってずっと思ってたんだ。正直に言って、【賢者】じゃなくなって安心すらしている」

「それは今も?」

「無能だと思ってたスキルが変わっていて戸惑ってるかな。なんであんなスキルだったのか、どうして変わったのか、さっぱり分からないんだ」


 リカルド支部長から聞かされたスキルの変化。

 自分でも信じられなくて【鑑定】の巻物で試してみたが、リカルドの言う通りスキルがすっかり変わっていた。

 そして、なによりも称号がまだ自分に宿っていたことが衝撃的だった。


「……俺はまだ、【賢者】らしいんだ」

「だから、【勇者】が探してたのね」

「多分、そうだと思う」


 ハリベルに出会ってから五年間のことは思い出したくない。

 楽しい思い出なんて数えるほどもなく、辛い記憶の方が鮮明だ。

 もしハリベルが追放しなかったら、きっと俺は自分への言い訳探しに無駄な努力を続けていたと思う。

 俺の話を聞いていたエルザは静かに口を開く。


「カイン、私は何があったのかよく分からないけど……」


 視線を彷徨わせて、エルザは言葉を探す。

 昔から、エルザは自分の考えを口に出す時は言葉を選ぶ癖があった。

 真剣な顔で、ゆっくりと語るから心に染み込むのだ。


「例えカインが【賢者】でも、そうでなくてもカインはカインだよ。出来ないことがあるならこれから出来るようにしていけばいいし、他の人が出来るからって自分のことを卑下する必要はないよ」

「エルザ、ありがとう。俺、お前に出会えて本当によかった」


 俺の全部を知っていてもなお、受け入れてくれたエルザ。

 その顔を見ていると俺の胸が張り裂けそうになる。


「好きだ」


 ポツリと本心が俺の口から溢れる。

 俺の気持ちを伝えたところで、エルザにとって迷惑かもしれない。

 それでも、溢れた思いは言葉になってどんどん喉から飛び出していく。


「好き、なんだ。エルザ、俺、お前のことが好きなんだ」


 いてもたってもいられなくなって、俺はエルザの手に自分の手を重ねて握る。

 握った手は微かに震えていて、恐る恐る顔に視線を向けるとそこには首まで真っ赤になったエルザの姿があった。

 多分、俺も同じくらい赤くなっているだろう。


「き、気持ちは嬉しいけどっ、今の私は男……だよ?」


 ……イケるかイケないかで言えば、イケる。

 元々、俺は面食いなので大したことはない。

 そして、俺の天才的な頭脳が告げていた。

 『あとちょっと押せば勝てる』。恋愛初心者の俺でも分かるぐらい、今のエルザは分かりやすかった。

 なにせ、嫌なら俺の手を振り払うなりやんわり剥がすなりするはずなのだ。


「奇遇だな、俺も数ヶ月前は男だったぜ。今のエルザはカッコいいから問題ないな」

「そ、そういう問題じゃないと思うんだけど……あの、近くない!?」

「そうか?」


 その証拠に、ベンチに幅があるのにエルザは仰け反って俺から距離を取ろうとしない。


「エルザ、嫌か?」

「んえっ!? い、嫌とかそういうのじゃなくて、ね?」


 触れた掌から熱が伝わる。

 逃すまいと指を絡めれば、エルザの肩が大袈裟とも思えるほど跳ねた。


「エルザ、キスしてもいい?」


 吐息が混じるほど近い距離でもエルザは視線をおろおろと泳がせるばかりで逃げるそぶりすら見せない。

 もう一度、名前を呼ぶとぎゅっと目を瞑った。


「しちゃうぞ?」

「……んっ」


 呻くような小さい声だったけど、エルザはぎゅっと目を瞑ったままだった。

 そっと自分の唇をエルザのものに重ねる。

 感触は男の唇だったが、柔らかいことに変わりはなかった。


「えへ、えへへ……エルザ、すきぃ……」


 拒否されなかったことと、キス出来たこと。

 どちらも嬉しくて、俺は繋いだ手もそのままにエルザの肩に擦り寄る。

 触れた胸板からは、服越しでも伝わるほど心臓の鼓動は早くて熱を伴っていた。


 いつまでもこんな時間が続けばいい、そんなことを願っていると辺り一帯が眩く照らされた。

 視界が眩み、次いで地震かと思うほどの衝撃が突き上げるように地面を揺らす。


「な、何が起きた!?」


 視界が正常に戻る数秒の間に、遠くからガンガンと警鐘が鳴り響く。


「カイン、魔物だ。王都の結界を攻撃している!」


 空を見上げると、確かにワイバーンやドラゴンなどの空を飛ぶ魔物がひしめくように空を覆い尽くしていた。

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