第14話 ときめきワイバーン!
『ワイバーン』それは空を駆ける大蛇と呼ばれている魔物だ。
青空と雲の中で目立つ真っ赤な鱗と蛇のような胴体が特徴だ。
足はなく、代わりにオオコウモリに似た巨大な翼が生えている。
特筆すべきは、火炎袋と呼ばれる喉から炎を撒き散らすブレス攻撃だ。
一匹さえいれば、村は一日で滅びるとまで言われている。
エルザに手で口を塞がれながら、俺は頭を働かせる。
ワイバーンは竜種のなかでも最弱に区分される魔物だが、それでも空を飛べるのいうアドバンテージは強く、
脅威的な魔物に変わりはない。
絶体絶命の危機……なのだが、今の俺は別の意味で絶体絶命な状況に陥っていた。
体育座りをしたエルザの足の間にすっぽりと収まるような体勢で俺が抱きしめられている。
その距離感、もはやゼロを超えてマイナスの域に突入しているといっても過言ではない。
背中に感じる広い胸板の逞しい感触の方が気になってしまう。
「なんでこんなところにワイバーンが……?」
ぼそりとエルザが囁く。
超至近距離から放たれる低音のウィスパーボイスの破壊力たるや、一瞬で俺の意識をワイバーンからエルザに向けさせるほどだ。
やだ、俺の幼馴染ってかっこよすぎ……!?!?
「ハルゾヴァァアス……セヴォルシェル……ナァアズッ!」
「まずい、気づかれた!」
エルザの焦った声に我に返る。
視線を戻せば、なるほど確かにワイバーンがこちらを睨んでいた。
口の隙間からは炎が舌のように吹き出ていて、今にもブレスを吐いてきそうだ。
エルザは俺の膝の下に手を潜り込ませると抱え上げた。
お姫様だっこ、という体勢にいよいよ俺の心臓と精神が大変なことになる。
この心臓のバクバクは吊り橋ってやつだ。
思い出せ、俺は男だぞ。
今のエルザの身体は男、つまり俺は男にドキドキしていることになる。
ほら、そう考えると嫌悪感が……嫌悪感、が……さっぱりない、だと!?
「ギャルルルルルゥァアッ!!」
エルザが跳躍すると同時に、数秒前まで俺たちがいた茂みが炎に包まれる。
間一髪、エルザの機動力のおかげで回避できたのだ。
「あっぶな!」
「あ、あぶなかった……!」
エルザは地面に俺を下ろすと槍を構える。
俺も何か重大な真実に気づきかけたような気がしたが、炎のブレスの威力を見ていたら吹き飛んでしまった。
頭をぶんぶん振って、余計な考えを追い出して思考を切り替える。
「カイン、どうやらここで討ち取るか撃退しないとダメみたい。勝てるかどうか分からないけど……」
「だな、どうみても逃してくれる気はなさそうだ」
ギラギラとした爬虫類の瞳で俺たちを睨むワイバーン。
どうやら餌のオオコウモリがいないことで気が立っているらしかった。
人間の足と比べてワイバーンは移動力に優れている。
戦意喪失するまで攻撃して消耗させ、隙を見て離脱するしかない。
俺は何がなんでもエルザだけは逃がそうと覚悟を決める。
「エルザ、補助とバックアップは任せろ。無理はするな」
「分かった、カインこそブレスに気をつけて」
素早く真言を描いてエルザと俺に風属性の中級魔術〈ウィンドプロテクト〉を掛ける。
流石にブレスが直撃しても無傷ではいられないが、重度の火傷は防げるはずだ。
「よいしょっ!」
エルザはワイバーンの噛みつきをひらりと回避して、仕返しとばかりに槍で翼を傷つける。
決して深追いはせず、余裕を持って回避に専念していた。
「よし、できた! 〈アーストラップ〉」
エルザがワイバーンの注意を引いてくれたおかげで、複雑な真言を丁寧に描けた。
ワイバーンの足元を起点に魔術を発動させて、罠に捕らえる。
翼を傷つけられたワイバーンは哀れにも地面に出来た穴に落ち、頭部を大地に縫い付けられた。
逃れようとのたうちまわるが、振り払った土は泥となってまた纏わり付く。
「せいっ!」
エルザの鋭い一閃が、ブレスを吐こうとしたワイバーンの喉奥を貫いた。
逃れる術を持たないワイバーンは数回だけ痙攣して沈黙した。
「……討ち取っちゃったね」
「討ち取っちゃったな、ワイバーン。簡単には討ち取れないって聞いたんだけどな」
冒険者ギルドに所属していれば、必然的に魔物の討伐自慢を聞く機会に恵まれる。
その最たる例としてあげられるのがワイバーンであり、高ランク冒険者への登竜門……と吟遊詩人が語っていた。
ただ、詩のなかでは『群れのワイバーンを一匹残らず討ち取った』というもの。
単体のワイバーンは、もしかしたらそこまで脅威じゃないのかもしれない。
「とりあえず、近場の冒険者に補助を頼もうか」
「そうだね」
二人だけでは討伐したワイバーンを解体することも持ち帰ることも難しいので、
多少の『お手伝い料金』を支払う必要があるが、このまま放置するより利益が見込める。
俺たちは案外大したことがなかったワイバーンを眺めながら、他の冒険者が来るのを待った。
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