第13話 仕事の途中だがワイバーンだ!
ガイストス博士の解析結果を待ちながら仕事をこなすこと数週間。
装備や洋服を買うなどでお金を使いはしたが、冒険者としての稼ぎも含めて勘定すると黒字だ。
薬草辞典を購入したことで、より高値で売れる効能を持つ薬草を見つけられるようになったので安定して稼げるようになったのだ。
エルザは日によって稼げる日と稼げない日で波があるので、その稼ぎは貯金することにした。
最近では俺たちの地道な活動が認められて、エルザが俺と同じランクになったのだ。
魔物の討伐依頼も受けられるようになり、貯金は増す一方。
「この先の洞窟だね」
正午を過ぎた寒空の下、俺たちは都の近くの畑を荒らしているというオオコウモリの討伐依頼を引き受けて洞窟にやってきていた。
エルザが指し示す先の洞窟には、数匹のオオコウモリが洞窟に帰ってきている最中だった。
魔物というだけあって羽を広げると優に成人男性二人ぶんの体長を誇る空飛ぶ化け物だ。
身体の構造上、人を抱えて飛べないので反撃以外で人を襲うことはないが糞尿は様々な病原体を媒介しているので注意が必要なのだ。
危険度が低いものの、取れる素材の少なさから引き受けたがらない冒険者が後をたたない。
真っ直ぐ洞窟へ向かおうとするエルザを俺は引き止めた。
「待て、エルザ。このまま地道に戦うよりも効率的に討伐できる方法があるんだ」
「それはどんな方法なの?」
「『音』だ」
オオコウモリという魔物は目が退化しているから、失った視覚を補うように聴覚に優れている。
人間には聞き取れないような高音を鳴らし、物体に跳ね返った音を聞いて周囲の状況を把握しているという学説がある。
【賢者】として魔術師ギルドで研究していた頃、たまたま魔物の研究をしている人と知り合って酒の席で聞いたのだ。
「音がどうやってオオコウモリの討伐に繋がるの?」
少し首を傾げ、考えた後にエルザは俺に問いかけた。
首を傾げた姿に少しだけドキッとしたが、咳払いして誤魔化す。
「奴らは耳が良いんだ。だから、至近距離で大音量を発生させれば気絶する」
「だ、大音量……!?」
大音量という言葉にエルザが怯えた表情を見せた。
その証拠に半歩、俺から距離を取るような動きをしている。
恐らく、自分たちも気絶するんじゃないかと怖がっているんだろう。
「人間には聞こえない周波数の音だ。だから、俺たちが気絶することはないぞ」
「そう言われても……」
怯えた表情のままエルザは視線を彷徨わせる。
やがて、何か閃いたように口を開いた。
「他の動物とか魔物に影響はないの? ほら、暴れたらやばいなぁ〜っ! カインもそう思わない!?」
「他の魔物とか動物には聞こえないぐらいの超高音だ。俺も一度、魔術で生み出したその音を聞いたことがあるが全然分からなかったぜ」
「犬とか狼とかにも聞こえない感じ?」
「ピンピンしてたぜ」
オオコウモリを研究していた学者は、故郷での運用を想定していて人間や家畜に影響がないか調べていた。
彼の研究によれば、余程聴覚に優れた(というよりも特化した)聴覚器官を持たない限りは影響はないということだった。
「そっか、なら安心だね」
「安心したようで何よりだ」
エルザが一安心したところで、魔術の準備を始める。
使う属性は火・土・風で複合術式だ。
まず土魔術で扇状の筒を作り、風魔術で周囲の風の流れを穏やかにして音が散らばらないようにする。
そして、最後は筒の中央で火魔術で爆竹のような爆ぜかたをする術式を発動させれば完了だ。
「だいたい五分ぐらいは気絶しているからな。気絶したら被膜を傷つければ飛べなくなる。それじゃあ、いくぞ!」
そして、俺は術式を発動させた。
爆竹に似た音は筒の中で乱反射を繰り返し、最後は洞窟に向けて一直線に放たれる。
洞窟の中からはボトボトと何かが地面に落ちる音が反響して聞こえてきた。
どうやら効果抜群だったらしい。
「よし、いくぞ……って、エルザ?」
いつもなら俊敏に動くエルザが、ピクリとも動かない。
目を見開いて硬直したエルザの顔の前でブンブンと手を振ると、やっと目の焦点が合った。
パチクリと瞬きをすると、エルザはようやく俺の顔を見た。
「大丈夫か? 気分でも悪いのか?」
「ごめん、びっくりしただけ。もうだいじょぶ」
「なら良いんだが、無理はするなよ」
エルザはコクリと頷くと素早く洞窟に入っていった。
俺も後に続いて持参した短槍で気絶しているオオコウモリの被膜を突き刺して飛べないようにしていく。
体格の差か体力の違いか、俺が一匹処理している間にエルザは五匹処理している。
特に大きな問題もなくオオコウモリを一匹も逃すことなく処理することに成功した。
逃げられなくなったオオコウモリを集めて、魔術で一網打尽にする。
「カインの魔術は凄いねえ」
「そうか? 戦闘だとあんまり役に立たないんだけどな」
「でも一匹一匹殺して回る手間が省けたから、助かってるよ。いつもありがとうね、カイン」
煌々と炎に照らされながら、エルザは俺の顔を真っ直ぐに見据えて告げる。
その言葉は再会してから毎日のように投げかけられるもの。
俺の見栄と虚勢から、勇者パーティーを追放されたことも【賢者】になると村を飛び出した挙句称号を剥奪されたことも告げていない。
浅ましい自尊心を理由に見限ってもいいはずなのに、エルザは深く聞くこともせずにまるで俺の心を見透かしたように欲しい言葉を欲しいタイミングで投げかけてくれるのだ。
それが、他の誰よりも感情が篭っていて噛み締めるように口にするものだから……。
「エルザ、俺もお前に感謝しているんだ」
「私は恩を返してるだけ。カインが気に病む必要はない」
「恩? 俺、何か……」
会話を続けようとした瞬間だった。
────ギャルルルルルゥ……ギャルルルルルゥ……
聞いたこともない咆哮が遠くから聞こえてきた。
エルザは俺の手を掴むと一瞬で抱え上げ、風圧で目も開けていられなくなるようなスピードで洞窟の外に飛び出す。
もはや転がり込むような勢いで茂みの中に入ると、エルザは俺の口を手で塞いだ。
何がなんだか分からずに瞬きをしていると、凄まじい暴風が周囲一帯を襲った。
「ヴァルルルロォス…………ヴェイ・グ…………」
暴風が止んだ頃、茂みの木の枝から覗き見えたのは、紅蓮の鱗に覆われた空の大蛇『ワイバーン』だった。
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