第10話 支部長リカルド


 森での採集や狩りを終えた俺たちは、換金するために冒険者ギルドの受付を訪れていた。

 俺たちの顔を見た受付のお兄さんが目を丸くして、「暫くここで待っていてください!」と言うなり奥に引っ込んでしまった。

 エルザと顔を見合わせていると、先ほどの受付のお兄さんが手招きで俺たちを呼んでいた。

 案内されたのは、支部長室と呼ばれる場所だった。


「やあ、君たちが件の冒険者か」


 クルリと椅子を回し、俺たちの顔を見つめたのは精悍な顔つきをした壮年の男。

 冒険者として活動していた過去を思わせる隻眼と顔の傷が特徴的な人物だった。


「俺はこの王都の冒険者ギルドを取り仕切っている支部長のリカルドだ。それで、どっちがカインなんだ?」

「俺がカインだ」

「……どう見てもお嬢ちゃんだな」


 リカルドと名乗った支部長は、目を丸くして俺の顔を凝視する。

 何故、俺のことを気にかけているのかは分からないが面倒ごとに巻き込まれたくないという思いで睨み返す。

 リカルドと目があった瞬間、ぞわりと魂の裏側まで覗かれるような感触が襲う。

 間違いない、スキル【鑑定】だ。


「だが、たしかにあのカインと色々一致している。にわかに信じがたいが……うむむむ、まさか、そのお嬢ちゃんがあの【賢者】カインとは信じられんな」


 俺の顔を睨みつけながらリカルドは呻き声を上げる。

 克服したと思っていた、期待と品定めがない混ぜになった視線に晒されて反射的に服の裾を握る。

 そんな視線から俺を庇ったのは、横に立っていたエルザだった。

 すっと俺の前に立ちはだかって、静かな声で淡々と告げる。


「私たち、素材の買い取りをわざわざ中断してここに来たの。顔を見たいだけなら別の日にして欲しかったんだけど」


 その声には、微かに怒気が含まれていて俺は思わず目を丸くした。

 久方ぶりに機嫌の悪いエルザを目の当たりにしたのだ。

 ここ数日は、俺のことを気遣ったり狩りに集中していたりと刺々しい振る舞いをする暇がなかったのだ。

 そんなエルザの剣吞な雰囲気に気圧される受付のお兄さんと違い、殺気を向けられたリカルドは平然としていた。


「おいおい、兄ちゃん。そんなチクチクしていたら……


 ぞわっと全身に鳥肌が立って、一瞬でその場に立っていることすらしんどくなった。

 呼吸しようにも、大気が重く、硬くて上手く吸い込まない。

 この感覚は知っている、スキル【威圧】だ。

 効果は自分よりも低レベルの相手に本能的で抗い難い恐怖を呼び起こして行動を阻害させるというものだ。

 よく勇者ハリベルの説教に使われていたスキルでもある。

 この感覚だけは、間近で何回浴びても慣れる気がしない。


「エ、エルザ……」


 俺は何度も浴びているからガクガク震えているだけに留まっているが、浴び慣れない者は受付のお兄さんのように精神防衛として気絶してしまうこともある。

 エルザが気絶したら俺がどうにかしなきゃと考えて視線をあげると、そこにはいつもと変わらない彼女の背中があった。


 燃えるように赤い、豊かな長髪。

 槍の穂先よりも鋭い翡翠の瞳。

 精悍な青年となった今の彼女だからこそ、スキル【威圧】にも劣らない殺気がリカルドに向けられていた。


「……………………」

「……………………」


 耳を劈くほどの静寂、それを最初に破ったのはリカルドだった。

 机を蹴り飛ばし、振りかぶって右の拳をエルザに向けて突き出す。




 エルザが殴られる。

 ────俺が、守らなきゃ



 ほぼ反射的に、俺は左の掌をリカルドに向けて魔力を練り上げる。

 右の指先で真言を書き記して、魔術を行使した。

 防衛ではなく、対象との間に魔力爆発を引き起こして吹き飛ばす魔術。

 風属性でも上級に位置する〈ウィンドブラスト〉だ。

 使えるはずもない魔術を何故、この緊急事態で選んだのか理解するよりも早く、俺は呪文を詠唱する。


「風よ、風よ、吹き荒べ! 〈ウィンドブラスト〉!!」


 ドンッ、と大気が爆ぜる音が響いてリカルドが吹き飛ぶ。

 その衝撃は凄まじく、彼の身体は窓ガラスさえも突き破って建物の外へと吹っ飛んでいった。


「は、発動した……?」


 これまで使えなかったはずの上級魔術が、理由すら分からずに使えなかったそれらがいとも簡単に発動した。

 驚愕でフリーズした俺にエルザが叫ぶ。


「やり過ぎだよ、カイン!」

「あっ、悪い!」


 はっとして俺の顔が青ざめる。

 私闘において魔術を行使するのは御法度中の御法度。

 相手の命を奪うどころか、対処が遅れたら街一つが滅ぶことだってあり得るのだ。

 とりあえずリカルドの容態を確かめるために窓から覗き込む。

 裏路地の片隅で倒れ込んでいたリカルドが片手をあげたことでひとまず無事であることか分かって、俺は安堵から胸を撫で下ろした。

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