第7話 お風呂


 宿屋で一泊することになった俺たちは、幼馴染であることとお金を節約することを理由に二人部屋を一つ借りることになった。

 一部屋にベッドが二つと少し広めの浴室がある、王都では中級ランクに位置する内装だった。


 昔は大部屋に雑魚寝する形式だったらしいが、盗難をきっかけとした大乱闘で死傷者が出てからは宿屋改革が起きたらしい。

 領主が助成金を出してまで改築に尽力したというのだから、かなりの大乱闘だったことが窺える。


「カイン、先にお風呂に入ってもいいよ」

「ああ、わかった」


 着替えを手に浴室に行き、なるべく裸を直視しないように服を脱ぐ。

 そして、俺はボディーソープを片手に固まった。


「……女の子って、どうやって身体を洗うんだ?」


 ボディーソープはまだ分かる。

 『ボディー』というから、身体を洗うためのものだ。

 次にシャンプー、これは髪や頭を洗うためのものだ。

 なら、リンスとトリートメントと書かれた二つのボトルは何のためにあるんだ?

 女の子がよく買っているのを見たし、店で色んな種類が売られていることも知っている。

 けど、使い方を知らない。

 ボトルを見てみるが、『シャンプー』や『リンス』と書いてあるだけで説明は記載されていない。


 仕方ない、ここで悩んでいるよりエルザに聞こう。


「エルザ、リンスとかトリートメントってどう使うんだ?」

「シャンプーの後に使うよ。リンスしてからトリートメント」


 なるほど、女の子は頭を洗うだけでも大変なんだな。

 ささっとシャンプーを終わらせて、リンスを手に取ってみる。

 なんだかねとねとしていて、掌に広げても泡立たない摩訶不思議な液体だった。

 試しに髪に塗ってみるが、いまいち髪を洗っているという実感が湧かない。


「エルザ、リンスが変な感じする!」

「えぇ? ちょっと待ってて」


 浴室の外でごそごそと物音が聞こえたかと思うと、裸にタオルを腰に巻いたエルザが入ってきた。

 相変わらず、頭に青いバンダナを巻いていた。

 エルザは俺の顔を見るなり、呆れた様子でシャワーヘッドを手に取る。


「つけすぎ。リンスは毛先につける程度でいいの」

「そうなの? それじゃあ、汚れ落ちなくないか?」

「シャンプーは汚れを落とすけど、リンスは髪を保護するために使うもの」

「なるほどな」


 エルザは俺の頭にお湯を掛けてリンスを流していく。

 リンスを含んだお湯はなんだかべとべとというかぬるぬるしていた。

 保湿成分、というやつかもしれない。


「リンスを洗い落としたら、次はトリートメント。これも毛先を中心につけてから少し置く」

「はえ〜……エルザは詳しいな」


 こういうところは女の子だと思う。

 俺の髪にトリートメントを塗る手つきは壊れ物に触れるような丁寧さがあって、悪い気は一向にしない。


「リンスもトリートメントもちゃんと洗い流して終わり。肌についたものはあとで痒みの原因にもなるから、ちゃんとボディーソープで洗い落としてね」

「ありがとう」


 教え終わったと言わんばかりに背を向けるエルザに、俺はふと思い出したことがあって呼び止めた。


「そうだ、エルザ。お礼に下の洗い方を教えてやるよ」

「えっ!?」


 エルザは男兄弟のいない家で過ごしてきたのだから、男のアレコレについて知らないはずだ。


「そ、それは一人でもなんとかなるから大丈夫かな……?」

「そうか? ちゃんと洗えていないと病気になるぞ」

「病気!?」


 視線を右に左にと泳がせていたエルザは眉を八の字にして、縋るように俺を見つめてきた。


「わ、分かんない……どうすればいいの?」


 不安に震えた声音は、普段のエルザからは想像もできないほどなんというかグッと来るものがあった。

 頼られているという感覚に、俺は俄然はりきってエルザの手を引いて座らせる。


「任せてくれ、ちゃんと俺が教えてやるからな……」







 風呂からあがり、全身から湯気を出したエルザがベッドに倒れ込んだ。

 のぼせるほど長くは入っていないはずだが、首まで真っ赤になっていた。


「お、男の人ってタイヘンなのね……」

「そうか? 女の子ほどじゃないと思うぜ」


 俺はエルザに教えてもらった手順を思い出しながらお肌の手入れをする。

 化粧水やら乳液やら、これだけで頭がパンクしそうだ。


「どっちも、タイヘン……」


 少し、無理をさせてしまったかもしれない。

 それでも、俺に全て委ねて顔を真っ赤にしていたエルザの表情はなんだか目蓋に焼き付いて離れなかった。

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