第3話 仲直り


 気絶したエルザはしばらく寝かせておくとして、俺は割れたダンジョンコアについて調べてみることにした。


「これは魔神が残した遺物……なのか? うーむ、しかしこんな模様は見たこともない……」


 ひび割れのせいで正確な模様は判別できないが、刻まれている模様は魔神の一つを示しているものだと思われる。

 しかし、ぐるぐると渦を巻くような模様は、俺が目を通してきたどの文献にも記載されていない未知のものだ。


「う、うぅーん……」


 分析が済んだ頃、ようやくエルザが精神的なショックから立ち直った。

 頭を押さえながら、ああでもないこうでもないとぶつぶつ呟いている。


「エルザ、落ち着いたか?」

「……本当に性別が変わっちゃったんだね」


 どこか達観した表情を浮かべるエルザ。

 元が美形だったこともあって、女の子にチヤホヤされそうな外見をしている。

 長い髪に青色のバンダナは『ちょい悪』な感じがする。

 俺がやったら顰蹙ものだが、エルザは許される。

 顔面格差がまかり通る社会にぷんすこ怒っているとエルザが自身の身体をぺたぺた触り始めた。


「筋肉、むきむき……」

「たしかにムキムキだな」

「ゴツゴツしてる……」

「男の子だからね……」


 エルザはしゅんと眉を八の字にした。

 その姿は、いつものツンケンして周囲を睨むあの少女とは、似ても似つかない。


 その時、ふと疑問に思った。

 いつからエルザはあんな風に人を威圧して距離を取るようになったんだろう?

 少なくとも、十歳の頃はいつも生意気そうに笑っていたが、面と向かって悪態を吐くような性格ではなかった気がする。

 俺が十六になった時に【賢者】に選ばれて、村を出て行く時にはなんだか周りから距離を取るような、そんな雰囲気があった。


「これ、どうやったら元に戻れるの?」

「分からん。多分、ダンジョンコアに内蔵されていた魔力が術式に従って魔術つーか、魔法が発動したっぽいな」

「じゃあ、このダンジョンコアを直せば……?」

「なきにしにもあらず……だが、こんな術式見たこともない。失われし技術オーパーツなのは間違いないぞ」


 これまで【賢者】として目を通してきた書物のどれとも合致しない。

 修復や解析は恐らく考古学の専門になるだろう。


「王都にいる学者にダンジョンコアを持っていけば、修復してくれる可能性があるかもしれない。だからそんなに落ち込むなって」

「……落ち込んでねーし」

「ならいいけどさ」


 きまりが悪そうにエルザは顔を背けた。


「ただ一つ、問題があってな……」

「問題?」

「修復を頼むとして、金がいるんだ。それも、沢山」


 例え好奇心溢れていて困っている俺たちの為に無償で解析を引き受けてくれる学者を見つけたとしても、修復のために必要な素材を用意するとなると話は変わる。

 未知の術式である以上、どんな素材が必要になるのかもわからない。


「ど、どうすれば……?」

「あー、まずは王都に行って学者を探すところから始めないといけないな」

「王都……」


 どんどんとエルザの顔色が暗いものに変わっていく。

 祖母の為にお金を稼ごうとしていたのに、余計お金が必要になってしまったのだから同情してしまう。

 元はといえば、俺が変に意地を張らずに丁寧にお願いすれば良かったのだ。


「ごめんな、エルザ。少し時間はかかるが、頑張って元に戻れる方法を探すからな」

「いや、カインが謝ることはないよ。私も、少し切羽詰まってしまったから。……ごめん」


 すっかりしょんぼりとしてしまったエルザ。

 俺が思っていたよりも、エルザは打たれ弱い性格をしていたのかもしれない。

 勇者パーティーを追放され、意気消沈のまま村に戻ってから数回しか顔を合わせていなかったから誤解していたのだ。

 ここは【賢者】の俺がしっかりとしなくちゃいけない。


「とりあえず、村に戻ってから考えよう」

「うん。そうだね、この辺りに魔物はいないけど、夜は危ないから早く戻った方がいい」


 手荷物を確認して、ダンジョンコアをぶかぶかになって羽織れなくなったローブで包む。

 これなら村に着くまで問題なく運べるはずだ。


 一本道の通路を歩き、洞窟を出ると外はすっかり日が傾いていた。

 村までは数十分ほどの距離。

 行商人も通らないルートなので、これまで誰もダンジョンの存在に気づかなかったのだ。

 とぼとぼと村までの道を歩く。

 このあたりは狩人も通らないので、山道が整備されていなくて歩きづらい。

 来る時は気にならなかった岩や木の根が、女の子になった今では障害となって行く手を阻む。


「うわっ!?」


 悪戦苦闘しながら歩いていると、裾余りのズボンを踏んで転んでしまった。

 辛うじて顔面の強打を避け、ダンジョンコアを庇う。


「カインッ、大丈夫!?」

「あぁ、大丈夫だ。悪い悪い、まだ身体に慣れなくて……イタッ」


 立ち上がろうとして、右足に痛みが走る。

 どうやら、転んだ拍子に足首を捻ってしまったらしい。

 村まで半分という距離で足首を痛めるとは、今日はつくづく運が悪い。


 俺を気遣って、エルザがしゃがんで傷を診る。

 その手つきは壊れ物に触れるようなもので、男性の身体をしているのになんだ女性らしさを感じてときめいてしまう。


「足首を捻ったのね」

「ああ、身体のサイズも変わったから歩きづらい」

「そうね。しょうがない、私に掴まって」


 エルザはヒョイと片手で俺を抱き抱える。

 まるで父親に運ばれる幼い子供のような体勢だ。


「エルザ、これはその……恥ずかしいんだが!?」

「また転ぶよりマシよ。それに誰もいないんだから我慢なさい」

「うう……それはそうだけどさあ……」


 下山において大事な足を挫いたのでエルザの言う通りまた転ぶかもしれない。

 相手は今は男になっているとはいえ中身は女。

 俺は身体が女とはいえ中身は男。

 思うところがないわけではない。


「ほら、しっかり掴まって。それと、ダンジョンコアは落とさないようにね」


 色々とプライドや面子があるけれど、ゴネてもしょうがないので黙ることにした。


 ひゅう、と肌を突き刺すような風が吹いて赤く色づいた木葉が擦れる。

 秋も近く、風が冷たい。

 そんな外風から逃げようと身を縮こめてエルザに抱きつく。

 服越しに伝わる体温が心地よい。


「この調子なら、すぐに村に着くわ。母さんになんて説明したらいいかしら……」

「ん、そう、だな」


 エルザは一定のペースで山道を降りる。

 ぶつぶつと呟くエルザの独り言にたまに返すけど、だんだんと目蓋が重くなってくる。

 そういえば、最近は悪夢ばかり見るからよく眠れていないんだった。

 眠気を自覚すると、たちまちのうちに睡魔がずるずると目蓋を引き摺り下ろしにかかる。


「と────王都────カイン────……」


 男になったエルザの声は耳障りがいい。

 子守唄のような独り言とゆらゆら揺れるエルザの腕のなかはまるで揺り籠のようだ。

 誰かに抱っこされるのも悪くないな、なんてどうでもいいことを考えながら俺は意識を手放した。

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