第2話 TS


 人も寄り付かない森のなかにある洞窟のなかを、二人の足音が慌ただしく響く。


「エルザ、ここを見つけたのは俺だぞ!?」


 俺は目の前を早足で進む青いバンダナをつけたエルザに呼びかける。

 彼女は赤い髪をなびかせながら振り返り、エメラルドの瞳で俺を鋭く睨みつけた。


「関係ない。先に奥のダンジョンコアを手に入れた者が全てを手に入れる。それが嫌なら、【賢者】らしく魔術で足止めでもしたら?」

「ぐっ……」


 喉元まで迫り上がった自虐の言葉を飲み込む。

 エルザを相手に自分の無能さを認めることだけはしたくなかった。


「そんなことをしてみろ、神の怒りが下ってしまう」

「あっそ」


 エルザは俺の顔も見ずにまた歩き出す。

 その背中を俺はため息を吐きながら追いかけた。


 食い扶持を稼ぐためと居場所の無さを誤魔化すために魔物を狩っていたら、見覚えのない洞窟を見つけたのだ。

 そこはダンジョンと呼ばれる場所だと気づいた。

 最深部にあるダンジョンコアというものは高額で取引されるのだ。

 しめしめ、と洞窟に入ったところでばったり幼馴染のエルザと再会したのだ。


 洞窟の雰囲気が変わり、ダンジョンコアの周辺と分かるほどの魔力量が周囲に漂う。

 ダンジョンコアは台座の上に鎮座していた。

 宝石のような見た目をした長方形で大きさは掌ほど。

 たたたっ、とエルザが駆け寄る。


「あった……!」

「取り扱いには気を付けろよ」

「カインはいちいち煩いなあ、こんだけ硬いなら簡単には壊れないでしょ」


 顔を顰めたエルザはごんごんとダンジョンコアを叩く。

 多少のことでは壊れないとはいえ、もし万が一外壁が砕けたら魔力爆発が起きるというのに、相変わらず肝っ玉が据わった奴だ。

 女とは思えないほど思い切りが良く、大雑把で乱暴。

 エルザと近しい年齢の従姉妹はとっくに結婚しているというのに、それらしい噂も相手も聞かない。


 結婚の持参金にでもするのかな、なんて考えているとダンジョンコアに見慣れない模様が浮かんでいるのが見えた。

 模様があるなんて王都でも聞いたことがない。


「おい待て、エルザ。もっと良く見せてみろ」

「は? 嫌だね」

「取らないって。お前んとこの婆さんの薬代にするんだろ」

「じじいめ、要らんことを吹き込みやがったな」


 ちっ、と洞窟内にエルザの舌打ちが響く。

 流石の俺も、露骨に嫌な態度を取られては不愉快な気持ちになって、ついエルザの手を掴む。


「気安く触んなっ!」

「見るぐらいいいじゃないか!」

「離せってば……!」


 途中からムキになって取っ組み合っていると、ダンジョンコアがつるりとエルザの手から滑った。

 パキッと身の毛もよだつ木霊が反響する。


「クソッ、離せっ!」


 俺の手を振り払ってエルザがダンジョンコアに駆け寄る。

 傷がないことを確認しようと手を伸ばした瞬間、俺は爆発的に魔力が増大したことを肌で感じた。


「エルザっ! まずい、それから離れろ! 爆発するぞ!!」

「──え?」


 触れようとしたエルザは寸前で止まり、俊敏な動作でダンジョンコアから距離を取る。

 咄嗟に俺が防御魔術を組み立てて、安全を確保しようとした矢先。

 目も眩むほどの閃光を最期に俺は意識を手放した。






 ズキズキと全身が痛む。

 頭はなんだか風邪をひいたみたいにぼうっとするし、目が覚めているのに気怠くてしょうがない。

 それでも頑張って重い目蓋を開けると、洞窟の天井が視界に飛び込んできた。


 意識をなくす直前までの記憶を思い出して、俺ははっと我に帰って周囲を見回した。

 すぐそこに見慣れた赤髪を見つけて、ほっとするのも束の間。

 動いていないことに嫌な予感が走った。

 祈るような気持ちで、エルザの肩を掴む。

 その時、ふと違和感を感じたけれども容態を確認する方が先だと考え直して、そっとエルザを仰向けに転がした。


「…………………………?????????」


 外傷はなく、呼吸の音に変なものは混じっていない。

 まだ気絶しているだけだとすぐに分かった。

 だが、エルザの面影を残した精悍な顔つきをした男性がそこに横たわっていたのだ。

 エルザを男にしたならきっとこういう姿になるだろう。

 たちの悪いことに、髪の長さや服装まで同じ。

 女性特有の細い手足はどこにもなく、代わりに筋肉質な四肢がそこにある。

 喉仏は迫り上がっていて、目の前の人間は間違いなく男性だと俺は確信した。


 エルザの兄かと思ったが、すぐに頭を振って馬鹿な考えを追い出す。

 幼馴染だからおおよその家族構成は知っている。

 エルザに兄も弟もいない。

 これは間違い無いはずだ。


 混乱する頭に痛みが走って、俺は目頭を揉む。

 その拍子に自分の手に意識が向いて、俺はビシリと固まった。

 白魚のような細い指、華奢な手首、そしてだぼついた袖。

 ありえない現実に、冷や汗がツウッと頰を伝う。


「は、ははっ……嘘、だろ?」


 そう呟いた俺の声は、男というよりも女の子の声。

 その受け入れ難い事実に俺は叫ぶ。


「ああぁぁああぁっ!? ああっ? あああーっ!!!!」


 叫びながら魔術で水を空中に出現させる。

 水鏡のようにして、確認した俺の姿はなんと────




 ふわふわの金髪にサファイアのような瞳。

 ふっくらとして柔らかそうな頰はピンクローズに色づいていて、唇は薄くて小さい。

 顔のパーツは綺麗に配置されている。

 ぶかぶかな衣服の上からは小ぶりな胸がツンと自己主張していた。



 美少女。

 紛れもなく、美少女。

 かつて仲間だった勇者が酒の席で語っていたような『男の理想』がそこにあった。



「これが……おれ? え、俺って女の子になっちゃったの?」


 呆然としていると、背後でのそりと起き上がる音がして俺は呆けていた頭をぶんぶんと振る。

 振り返れば、頭を押さえながらエルザ似の男(推定エルザ)が呻き声を上げていた。


「いっ……たぁぁあい……」


 その喉仏から繰り出されるのはなんとも心地のいい重低音。

 精悍な顔つきに相応しい男性の声だった。


「……え? なにこれ? どうなってるの?」


 声の違和感に気づき、その人は俺の顔を見る。

 視線は俺の胸辺りを彷徨い、また顔に戻る。

 こんなにも見つめられたのは初めてで、段々と顔が熱くなってきた。

 十秒を過ぎた頃、俺は沈黙に耐えられなくなってつい口を開く。


「……俺、女の子になっちゃった」


 テヘ、と笑うとエルザは泡を吐きながらまた気絶してしまった。

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