第126話 それでも、争い合う

 まずい、混乱しきっているこの場。もしこれ以上何かあったら対応できない。



「お、おい──なんだこれ?」


「地面が、光ってるぞ」


 暴動を起こしていた人たちが動揺し始める。そして、地面の光はそのまま柱のように地上へ。

 空が放っていた紫色と同じように変色。


 変色した空から、大きな影が出現して、その影が実体となった。

 突如出現した巨大な化け物。争い合っていた人たちが、次々とその化け物に気付いて視線を向ける。


「なにあれ!」


「怖すぎだろ。初めて見たぞ」


「すげぇ。初めて見た」


 突然の事態に、唖然となるこの場。

 そう、突然現れたのは今まで見たことが無いくらいの巨大な化け物。


 首が痛くなるまであげないと頭が見えないくらいの巨体。

 灰色日光るオーラは、今までにないくらい邪悪な雰囲気を醸し出している。

 見ただけで私たちを震え上がらせるような獰猛な目つき。


 その威圧感だけで、私たちに立ちはだかってくるというのが理解できる。

 そして、その化け物は私たちの方を向くなり、大きな雄叫びを上げてきた。


 グォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!


 今までにないくらい、魔力のオーラを放っている。



 突然の事態に、街中から悲鳴の声が響き渡る。次第に、街の人は一人、一人と逃げ出していく。


 恐怖におののき、逃げ惑う人々。

 この場は、阿鼻叫喚ともいえる状態となっている。


(あれは、ハスターね)


(ああ、聞いた事がある)


 センドラーが言ったその言葉に、私は体をピクリと動かす。

 闇の支配者ともいえる存在。


 怒りをあらわにした大国を瞬く間に消し飛ばしたとの言い伝えもある。

 かつて何百人ともいえる冒険者を犠牲にして、ようやく彼から大国を救ったという言い伝えすらある。


 一度心から認めたものの飼い犬となり、その主のために忠実に動く。全力で周囲を破壊し、殺戮の限りを尽くすと言われていた。


 限られた人物にしか力を発揮することが無い。

 半端な物が力を悪用しようとしても、使用者にそれに見合うだけの強さが無いと、ただ捕食されるだけ。


 強大な力を持つ代わりに、それだけ使用者を選ぶという代物。


(以前、教会の壁画でこんなのを見たことがある。特徴からして、これが本物ね)


(そうかもね)


 残念ながら私には、全く記憶にない。でも、私でもわかるくらいの強大な魔力。

 ハスターであったとしても全く不思議ではない。


 突然の事態。本当にどうすれば……。あたふたしている私に、センドラーが話しかけてくる。


(あなたが動揺してどうするの? 落ち着けなさい)


(──そうね)


 オホンと一つ咳をして、心を落ち着かせる。そうだ、ただでさえパニックを起こしているというのに、私まで平常心を失ってしまってはまずい。

 まず私がやるのは、パニックになることを抑えること。


「みんな、いったん落ち着いて」


 周囲をなだめるように、精一杯叫ぶが全く効果が無い。

 それどころか、市民たちは言い争いをさらに激化させていく。そして、時折それをあおろうとする人物を見かけた。


「どうせあいつらが呼び出したんだ。これは、亜人達がこのリムランド、そしてこの世界すべてを支配しようとしている陰謀なんだよ」


 陰謀論? と言いたいところだが、パニックになっていて、みんなが判断能力を失っているこの場ではそれが通ってしまう。


「な、なんだってー-!」


「マジかよ。あいつらの陰謀だったのかよ」



「なんだよ、あいつらのせいでこんなことになってたのかよ」


「ふざけんなよ。こんなやつ呼び出して。ただで済むと思うなよ!」


 パニックになり平常心を失った人間たちが、次々と騒ぎ始める。


 本当に、亜人達がやったことなのか? いや、そんなことはない。いくら差別を受けているとはいっても、彼らにとってリムランドは貧しい国や紛争地帯から逃れた先の場所。だから元いた場所へ帰らずになんだかんだ言ってもここにいる。一部の過激派じみたやつを除いて、人間たちに憎しみを持っているとしても、多くの人に街を滅ぼすなんて選択肢を取るのだろうか。


 私なりに思考を重ねて、どうすればいいかわからず一度センドラーに視線を向けた。


 センドラーは、腕を組んで冷めた目で彼らを見ていた。


(なんか、演技臭い。必死になってる感が全くないわ)


(えっ?)


(魂から叫んでいる感じがしないの。もしかしたら、自作自演なのかもしれないわ。例えば混乱に乗じて亜人達の評判を下げさせ、共闘させない作戦であったとか──)


 流石のセンドラーだ。洞察力が違う。


(証拠はないけどね。でも、それくらいのことは想定しても損はない)


 ごくりと息を呑んで、化け物に視線を向けた。センドラーのおかげで、気持ちが前を向いた。そうだ、私が絶望してどうするんだ。


 だから、あきらめてなんかいられない。


 慌ててみんなに向かって叫ぶ。


「みんな、街の危機なの。お願い、戦える人は協力して戦って!」


 バラバラに戦って、何とか出来るような相手ではない。みんなで力を合わせないと、どうすることも出来ない。

 しかし、この状況で力を合わせることなんて──夢のまた夢。当然、ほとんどの人は話も聞かずに逃げていく。


 まさか、こんな形で危機を迎えるだなんて

 この国が、中から真っ二つに分断するとは思わなかった。



 呆然とする私。

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