第119話 本気の、怒り

「もうすぐ来る。お前が求めているような人物がな」


「わかったわ」


 センドラーは、こくりとうなづいた。

 詳しく言われなくても、分かっている。


 この時間、そして彼の態度。次に来る人物こそが、本当の黒幕なのだと──。



 トントン──。


 誰かが入り口をノックしてくる。


「入れ」


 ビングの言葉に応じるように、キィィと扉が開く。

 誰なのだろうか──。

 とはいえ、どんな人物であろうとやることは変わらない。


 何をしたのかを問い詰め、態度次第では乱闘騒ぎも辞さない。

 ここに来た時点で、綺麗に終わらせるつもりはないし覚悟はできている。


「貴方だったのね、ヘイグ」


「おおっ、以外なお客さんだな。驚いたぞ。なんだ、お前もこいつと結託して一儲けしようとしているのか? それとも、お前にも一枚かませてほしいということか?」


「冗談──」



 スーツを着た、サングラスをつけている男。

 長身で、ダンディーな印象の中に、どこか底知れぬ闇のような物を持っている雰囲気があった。


 様々な貴族や商社とのパイプや権力を持ち、周囲を動かす力はソニータよりも上と呼ばれている。

 その権力を維持するために様々な組織と取引をし、いつも黒いうわさが絶えない。


 しかし、強い権力があるゆえに誰も手出しすることができない。

 別名、陰の王──。

 センドラーは、思いっきりヘイグをにらみつけて言葉を返す。

 今までにないくらいの怒りを感じる。


「先ずは、教えてもらおうかしら。あなた達が何をしようとしているのかを──」



 御託なんていらない。こいつがここにきている時点で、言い訳のしようがないし、後は何をしているのかを問い詰めるだけ。


 ヘイグをにらみつける。ヘイグは大きく息を吐いて、何も言わない。


 罪悪感を感じている様子もない。ただにやついたような表情を浮かべこっちを見ている。


 ごまかすつもりなどないのだろう。

 自分が主犯格であるということを──。


「先ずは、ここで何をしようとしているか、全部吐いてもらおうかしら」


「何って、移民たちの取引をしようとしただけだよ。俺の支持者には、労働力を欲しているものが数多くいる。そのために、俺が代表として地方からリムランドへの移民希望者を集めてもらうよう彼に依頼したのさ。支持者のために先陣を切って動くのも、私の職務だからね」


「建前はいいわ。本音は?」


「お前らしいな、それを理解しているとは。教えてやるよ。移民たちをドンドン町に入れている。政府には街の成長のため、労働力を欲しているという体でな」


 ニヤリと笑みを浮かべ、なんの悪びれもなく言い返すヘイグ。

 そんなことをしたらどんな問題を引き起こすのか理解しているのだろうか。


「何でそんなことをするの?」


「要望があるからだ。商人たちや大農家の地主、その他人手を欲しているやつらはごまんといる。要請が来ているのさ。もっと賃金が安くて、待遇が悪くてもまじめに働いてくれる人材が欲しい。現地の奴らは多少粗悪な労働条件でも働いてくれるし、なにより身寄りがないからどれだけ奴隷のように扱っても反乱を起こさないからな」


「一時だけよ。身寄りがなく、貧しい暮らしを強いられるたくさんの人たち。間違いなく差別を受ける。そしてそれは憎しみとなって反乱の種になる。

 そんなことを要求する前にやるべきことがあるんじゃないの?」


 私は、半ばあきれて言葉を返す。



 もうだめだ。こいつには、何を言っても通らないだろう。

 説教する気も、怒る気力もなくなった。


 絶対に、排除しなきゃいけない存在だと理解した。


「そんなこと言って、罪悪感とか感じないの?」


「そんな感情的な奴に俺が見えるか?」


「聞くだけ徒労だったわね」


 そう言ってセンドラーは、大きくため息をついた。


「あと、国民と、移民たちを分断しようとしているでしょう。自分たちに敵意を向かわせないために」


「良く分かったな。当然だ。国民どもが、無能なゴミの分際で権利ばかり抜かしていて俺達が富をため込む邪魔をしている。必要なんだよ。奴隷が──。誰かから時間と富を搾取せずして、どうして俺達のような豪勢な暮らしができると思っている。それに、下民にはまだまだ余裕がある。もっと取り絞らねばならない」


(秋乃──)


 センドラーが話しかけてきた。


(何?)


(変わって。ちょっと、感情を爆発させる。こいつの態度に──腹が立った)


 その言葉に、私はコクリとうなづく。それ以外、何も言えなかった。

 その、ちがうのだ。怒りの具合が。


 ぎろりとした、殺気さえ感じるような目つき。


 今まで、センドラーが感情を爆発している姿はしている姿は見たことがあるが、今回はそのいずれとも全く違うものだ。

 今までが爆弾のように爆発させるようなものだとすると、今の彼女は──闇の中に燃える青い炎だ。


 強く、常人では出すことができない熱い炎──。感情を荒げているわけではないけれど、今までにないくらい怒りを感じているのが理解できる。今のセンドラーに驚いて気が利いた事は言えないけれど、素直に、思っていることを伝える。


(信じてるわ、頑張って)


(ありがとう、秋乃)


 そう言葉を返し、センドラーはじっとヘイグをにらみつける。


「ほう、少しは本気を出したか?」



 その怒り具合に、思わず一歩引いてしまう。

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