第103話 彼の事情

(ねえセンドラー)


(何?)


(あんなちゃっちい斧で脅して、本当に国王様の所に行けると思う?)


 センドラー呆れたのか、ジト目で答えた。私と、同じことを想っていた。


(どっからどー考えても無理でしょ。そこら辺の冒険者に捕まって、終りよ)


(ですよねー)


「国王様を脅して、腐ったこの国に一泡吹かせてやるんだ!」


 犯人は自信満々に叫ぶ。

 見た所魔法が使えるわけでもない。そんな人間が、そこら辺にある斧1本で──。

 無謀もいい所だ。


 適当な冒険者が通りかかったら、そいつにボコボコにされて、終りだろう。

 あるいは、ちょっとコツをつかんだ兵士の人が来てもそうだ。


(別に、普通に捕まえちゃってもいいけど──。あんたのことだから、何かあるんでしょ)


(正解)


 自信をもって、答える。確かに、捕まえるだけならたやすい。


 ただ、捕まえて──彼は恐らく裁判。そして流刑地に追放。

 また何かやらかすだろう。


 その恨みが、消えない限りは──。


「行ってきなさい。こういうことは、あんたの得意技でしょうからねぇ」


「わかったわ」


 自然と、自信満々の笑みがこぼれる。

「ごめんソニータ。やっぱりあなた、隠れてて」


 その言葉に、ソニータはフッと息を吐いて答えた。


「お前の事だ、何かあるんだろう。行ってこい! 全く、命の危険を顧みないで」


 半ばあきれたような言い方。でも、気にしない。それが、私の生き方なのだから──。

 これが、私なのだから──。



 そう決心して、拳を強く握る。


 深呼吸をして、ゆっくりと歩きだす。

 男の人がいる元へ──。


 男の人が、私に気付く。

 あと数メートルという所で、男が気付いた。

 目が合うなり一瞬だけ表情が引きつる。


「な、なんだおめぇ!」


 犯人は人質の頬に斧の刃を当てて脅すが、気にはしない。


 斧を持つ手が、震えていた。

 あれは、脅しとしか考えていないという合図。人を殺す覚悟など、持ち合わせていないという感じだ。


(センドラー。あれで、国王のところ、行けると思う?)


 センドラーは呆れ気味にやれやれとした態度で言葉を返した。


(いや、どう考えても無理でしょ。中堅どころの国家魔術師に捕まって、終りだと思う)


(ですよね──)


 魔法を使って一気に近づいてとらえれば瞬時に解決だろう。

 しかし、それだけでは真の解決になはらないと思う。


「話があるわ」


「うるせー、小ぎれいな服着やがって! なんだお前!」


 男が怒鳴り散らして斧をこっちに向ける。


「ふざけるなよ。お前なんかに何がわかるんだ!」


 男は涙を浮かべながら、感情いっぱいに叫んだ。恐らく、彼にも何かあったのだろう。


「確かに詳しくは分からない。けれど、悲惨な境遇があったということは分かる。だから、罪を重ねて重くなる前に、捕えようとしているの」


「うるっせぇぇ! 大きなお世話だ。こいつがどうなってもしらねぇぞ!」


 男はそう叫んで斧をぶんぶんと振り回す。

 人質の女の子は男に押さえつけられながら叫ぶ。


「キャァァァァッッッ!」


 もう、見ていられない。彼にどんな過去があっても、彼女がこんな恐怖に耐えなければいけない義務なんてないからだ。


「黙ってろ。クソ女!」


 男が女の子を脅しつけた、その時だった。

 もう、見ていられない──。


 私は、一目散に男の方へと急接近。


 男は慌てて斧の刃を女の子の首筋に当てたがすでに遅い。

 一般人の動きなんて、魔法を使った私なら亀同然だ。


 一瞬で、女の子と男の間に割って入る。

 女の子を人だかり側に突き飛ばすと、男の人と相対し──。


 パチン!


 思いっきりその頬をひっぱたく。そして背後に回り込み、腕を抑え拘束した。


「いてててててっっっ」


 男は私から逃れようとするが、魔法が使えないというのなら相手ではない。

 数秒もがき苦しむと、観念したのかもがくのをやめた。


「さあ、どうしてこんなことをしたのか、言いなさい。感情を吐く権利くらいは、与えるわ」


 私の言葉に、男はこっちを振り向いて言い放つ。


「うるっせぇ! お前なんかに、いい身分したやつに何がわかるんだよ!」


「そんなふてくされるようなことしたって、あなたの周りは何も変わらないわ。残念だけど。だから、言いなさい」


 そして一端息を吐いて、優しい口調になって話し続ける。


「あなたが抱えていたこと。ちゃんと聞いてあげるから……」


 男は、しばしの間地面に視線を合わせ、考え込む。そして、ゆっくりと言葉を発し始めた。


「つぶれたんだよ、俺が勤めていた町工場がな──」


「その話、聞かせて?」


「魚を塩漬けした、保存食を作っていたんだ。長距離を旅する奴向けにな。親戚に漁師の人がいて」


「へぇ~~」


 私が相づちを打つと、男の表情が暗いものにある。


「でもよぉ、つぶれた。俺達よりも人件費がかからない亜人達を集めて作ったところが現れて、顧客をみんな奪われちまった。俺達は路頭に迷い、家族で責任のなすりつけ合う日々。時々、暴力が飛び交うようにもなった」


 仲良かった家族が一瞬で──。貧しくなった人たちによくあるパターンだ。


「みんな嫌になって、この国に復讐するって誓ったんだ」


 なるほどね……。彼なりに事情があるっていうのは分かった。


 ようやくだ、この人の本音を聞けて嬉しい。

 思わず心がほっとした。


 私は、優しい笑みを浮かべて、言葉を発する。


「だからって、そんなちゃちな斧を持って立てこもっても、何の解決にもならないわ。ちょっと優秀な奴に捕まって流刑所送りがオチよ」

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