第79話 監査開始

 「あらら……ひどい人ですね」


 ライナが若干引いているのがわかる。けれど、立場が上の人に取り入って、いい地位に成り上がるのがとてもうまい奴だった。

 ルートンは私達をもるなりあくびをした後、鼻くそをほじって話を始めた。


「では、監査を始めましょうぞセンドラー。こんなところで会えるなんて、思ってもみなかったですな。随分と落ちぶれたものだものだ」」


「それは、どうも……」


 一瞬イラッとしたが我慢我慢。ぺこりと頭を下げたまま言葉を返す。



「ではルートン様。監査の方よろしくお願いいたします」


 見た限りルートンたちは食事を終えている。休憩をしたら、出発という形になるだろう。



「まあ、もう少ししたら出発させていただきますよ。せいぜい祈ることですな」


「承知しました」


 どこか偉そうな雰囲気を漂わせながら言葉を返して来る。

 そして、エッヘンとばかりにキセルを吸いながら、立ち上がった。


「じゃあ、行きましょうかセンドラー殿。せいぜい、祈ることですな」



 そして、監査が始まった。


「まずは、書類関係からですな。要求した書類の方。用意したんだよな」


 それは、ガルフたちとの協定に関する資料。そして、彼らとどんなことをするかを指示した指針だ。


 これだって、作成するのに何時間もかけていた代物。

 その言葉に私は用意していた書類をルートンに渡す。


 ルートンは疑わし気な視線をしばし私に向ける。


「わざわざお前が渡して来るとは……信用できんな」


 お前が要求したんだろがい! こいつは、こういうやつなのだ。いつもいちゃもんばかり付ける、嫌味を繰り返す。

 やはり信用していない。渡された書類をパラパラとめくっているが、あまり重要視していないようだ。


 そして──。


「もういいや。回るぞ、宮殿」


 そうつぶやくと、なんとその書類を私に向けてぶん投げたのだ。

 私のお腹の

 ばしゃりと音を上げ、床に散らばって落ちる。


 ぶん殴りたい……。



 まずは組織図。それから、この国の予算の記録と、簿記通帳。

 そのあたりは、重視しているかのように調べていた。


 特にお金の流れなどを記録した書類を執拗にチェックしている。


「これは、どういうことだ?」


 時折、周囲の人たちに質問を投げる。

 大丈夫。対策はしてあるし、ヤバそうな書類はしっかりと捨ててあるから、大丈夫だとは思う。



 それでも、どんな質問が飛んでくるかわからない。どんな重箱の隅をつつくような真似をしてくるかわからないから気が落ち着かない。


 非常識にもほどがある性格だなとは思う。

 しかし、監査中にもめ事を起こすわけにはいかない。


 さらに、書類の審査は終了。



 これからは、実際に宮殿や街並みを見ての監査となる。

 まずは宮殿内の監査。


 色々なところをくまなく回っている。

 ルートンは、よほど信用してないのか各部屋の引き出しや果てはゴミ箱まであさり続ける始末。


(そういう所はよく知ってるわね)


(どゆこと?)


(監査前って、いろいろ不要なものを捨てたりするでしょう。


「ケッ──」


 そう捨て台詞を吐いて、どこか悔しそうな表情をしていた。

 その後も、いろいろな部屋を回る。


 時折質問が降ってくるも、私が先頭に立ってのらりくらり交わしていく。


「公文書なんだけど、読める文字が違う亜人に、どうやって配慮してるんだ?」


「そういう時は、専用の通訳を用意しています」


「嘘の言葉を教えている可能性は?」


「大丈夫よ。どこの亜人にも、それなりに文字がわかる人がいるから」


 さらに外へ行った時も──。


「そこの市民さん。話があるんだけどさ」


「まって、どうして一般人に聞く必要があるのよ」


「今はお前に聞いてるんじゃない。この市民に聞いてるんだよ」


 こうして、計算外のことをしようとして周囲の意表をついてくることもあった。

 例えば、人間と亜人達の関係性とか、どんな感情を持っているかとかを聞いていることが多い。


「コボルトの人たちとか、聞いた事あるか? あなたがどう思ってるかを知りたい」


「それは、その……。いいんじゃないですか? 別に」


「待ってください。それくらいにしましょう」


 監査団で、眼鏡をかけて誠実そうな人が慌てて止める。この人、監査団の中では挨拶もしっかりできていて、いい人っぽいんだよね。

 誰なんだろう。

 

 さっきからルートンが非常識な行動をしても、それを止めるストッパー役になっている。



 それからも中外含めていろいろな場所を見回ったが、特に問題はなかった。特に問題はなかった。何日も城や街を巡って、対策しつくしたおかげだ。

 ルートンさんも、次第にため息をつくようになり──。


「まあ、問題はなさそうだな」


 そう言葉を漏らした。確かに、何とかうまく行きそうだ。


 同じく警備をしている人たちの中にも、安堵の雰囲気が漂っているのがわかる。


 大きく息を吐いたり、表情の中に笑みをこぼしたりしている。


 仕事中にもかかわらず、仕事後の飲み会のことを話している人もいた。

 確かにうまくいきそうなんだけれど、ここまで緩んでしまっていると、逆にボロが出ないかどうか不安になってしまう。



「じゃあ、結果をまとめるから、一人にさせてくれ」


 そう言ってルートンたちは用意していた控室へと入って行く。



 何とか、大丈夫そうだ。

 後は、その発表を待つだけ……。


 そう考え、私も疲れをとるためいったん休憩室に入って行った。

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