第76話 心は、一緒にいる

 二日後、その希望は打ち破られることになる。


「センドラー様、ありがとう」


「いえいえ、世話になってるんだから! どういたまして」


 朝、私が子供たちと一緒に川の水を村まで運んでいった後のことだった。

 水を地面に置いた後、小屋へと戻った時。



 ダッダッと騒がしい音がしたと思ったら、早馬で、私達の元に一人の人物がやって来たのだ。そばにいたロッソさんが声をかける。


「何だ、伝令係か」


「お疲れ様、何があったの?」


 伝令係のお兄さんは急いで馬から飛び降りる。ぜぇはぁと息を荒げて、動揺している様子だった。


「手紙を、見てください」


 伝令係の人から手紙を受け取り、中身をロッソさんやライナ、フォッシュと一緒に読む。

 その内容に、私達は絶句した。


「えっ? リムランドからの監査?」


「本当ですね、センドラー様」


 衝撃の事実に大きく目を見開く。

 鉱山やオオカミの獣人の人たちを守ったこの一連の作戦。


 口調を合わせたり、兵士を工面する都合上。一連の流れを書いた手引き書を作ったのだが──。


「おそらく、その手引書が何者かによって、リムランドに流失してしまったのでしょう」


「それから、どうなったの? マリスネスは」


 伝令係の人が説明を行う。



 この手引き書の事実。

 当然ペタンはこの事実を否認。誰かが作った捏造だと主張。

 しかし、リムランド側はそれを認めず、この事実が本当なのかどうか宮殿を調べさせろ、でなければこの書類が本当の物だと判断し、攻撃する事も辞さないだそうだ。


 攻撃する可能性を示唆する以上、断るわけにはいかない。


 ペタンは仕方なしにこの相手の調査を了承。


 そしてリムランドは調査団を派遣することになったのだが、それがあまりにも早すぎるということだった。手紙が来た時にはすでに調査団を派遣していて、もう一週間もするとマリスネス来てしまうらしい。


「一週間って!」


 その言葉に私は驚愕する。


(早馬を使って、マリスネスまで四日くらい。じゃあ、準備が三日しかないじゃない!)


 センドラーの言葉通りだ。今からすっ飛んでも、準備をする時間がギリギリ。


「つまり、今からマリスネスに帰らなきゃ間に合わないってことね」


「は、はい」


 帰ってくる言葉に、私は返事を詰まらせる。私達は、国全体を見なければならない。

 ここに伝令をよこして来るってことは、私を必要としているのだろう。


 しかし、やっと村人たちと親しくなれ民。これからも一緒に歩もうといった手前すぐに去ってしまうというのは大丈夫なのかと心配になる。


 私が口元を手で覆いながら考えこんでいると──。

 スッと誰かが私の肩を掴む。


「この場所は俺に任せろ。あんた達はマリスネスへ帰りな」


 ロッソさんだ。

 気遣ってくれているその言葉に、思わず一歩引いてしまう。


「でも……」


 戸惑う私に、さらに言葉を進めてくる。


「大丈夫だ。離れてたって、あんたがここの人たちのことを想ってるかどうかは伝わる。俺たちだってるんだ」


 ロッソさんの言葉。心では正しいとわかっていても、やはり戸惑ってしまう。


(彼の言う通りよ。行きましょう)


(わかってるけど……)



 大切にするといった手前、村の人たちを裏切っているのではないかという気持ちは消えない。

 そんな煮え切らない私に、背中を押してくれたのはライナとフォッシュだった。


「センドラー様、行きましょう」


「ライナ……」


「そうです。ここはロッソさんや、みんながいるのですから。私達はやるべきことをやりましょう」


「フォッシュ……」


 二人の言葉のおかげで、私は決心がついた。


「そうね、行きましょう。それが、みんなのためだもの」


 私は強気に笑顔を作って言葉を返す。それを見て、みんなが安堵した。


(いろいろなやり方がある。ただ隣にいて、背中をさするだけが優しさじゃないわ。時には距離を置くことになっても、やらなきゃいけないことを行うのも、彼らへの優しさよ)


 そして、センドラーの言葉に目頭が熱くなった。

 そうだ。時にはつらい別れになっても、私は──やらなきゃいけないんだ。


 ここにいる人たちのために!

 そしてくるりと向きを変える。そこにはロッソさんや、村の人たち。


 私は直角に頭を下げていった。


「本当に、ごめんなさい。私、マリスネスに戻ります」


「そうか……。後のことは、俺たちに任せてくれよ」





 そして、出発の準備。

 マリスネスに帰るのは、早馬の関係で私とライナ、フォッシュの三人。

 後の人たちは、この地に残ってしばらく駐留するそうだ。



 数十分ほどで準備が終わる。そして、昼前になって村人たちを集め、最後の挨拶を行う。


「皆さん、申し訳ありません。私は、マリスネスに帰らなくちゃいけなくなりました」


 再び直角に頭を下げる。一緒に水を汲みに行ったり、伝統料理を一緒に作って、遊んだり。短い時間だったけれど、楽しかった。


 わかれるのは、辛い。

 そして、再び姿勢を戻し、頭を上げる。


「そうかい、それは──しょうがないね」


「まあ、他の人たちがいるなら大丈夫だろ。マリスネスに言っても、元気にするんだよ」


「頑張って、応援してるよ!」


「ありがとう、ありがとう」


 私はうっすらとだが、目から涙がこぼれた。

 労いの言葉。わずかな時間しかいられなかったけど、心に染みてとても嬉しい。

 最後に、みんなと握手をする。


「ありがとうね。あんたの演説、本当に心に届いたわ」


「もっと姉ちゃんと一緒にいたかったんだけどな。仕方ねぇ」


 一人一人、私に暖かい言葉をかけてくれる。本当にありがとう。

 みんなが握ってくれたその手は、ぎゅっと強くて、暖かかった。


 みんな、何とか納得してくれたことが本当に嬉しい。

 そして私達は馬に乗り、この場を去っていく。


「みんな、バイバイ! また会いましょう」


 大きく手を振って別れ。

 こんな別れ方になっちゃったけれど、みんなのことは思っているから!


 また、絶対に会おう!

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