第75話 柔らかい、表情
(ちょっと、一回変わりましょう。演説の言葉、大丈夫ね!)
(な、何でいきなり……)
戸惑う私に、センドラーは明るい口調でさらに言葉を進めた。
(いいからいいから、一度見て見なさい)
(──もう、わかったわよ)
演説をしながら、言葉を返す。そして息継ぎをした瞬間に人格を交代させ、改めて演説している私を見てみる。
確かに、これ綺麗だと思う。
(夕方特有の赤みを帯びた西日を受けて、表情が柔らかく見えている。優しさに満ち溢れた、天使みたい)
(天使って、大げさよ……)
でも、センドラーがそういう気持ちは良く分かる。日の光を受けたわたしの表情は、とても柔らかく、素敵に見えた。
(柔らかく見えた表情と、あなたが持っている自然で優しさを持った笑顔。それが強いシナジーを持っていて、傷ついた人々の心を癒す様だわ)
そんな事を言われて、思わず照れてしまう。
ただ訴えかけるだけじゃない。村の人たちの表情やしぐさをよく観察する。
時には肩をすくめたり、フッと笑みを浮かべたり──。
村人たちは、私の演説をみんなが最後まで聞いてくれた。
「絶対に見捨てないから。立ち上がりましょう──」
私は、訴え続けた。私達が一緒にいる。立ち上がろうと。
気が付けば、彼らの表情が変わっていった。
「だから、私達と一緒に歩みましょう。応援するから!」
最初は暗く、あきらめているような表情であったが、次第に希望を持ち始め、きりっとした、意志を持った表情に変わっていった。
気が付けば、ここを通りかかった人たちがみんな私の話を聞いて行ってくれていた。
(さすがよ。優しい口調で、一緒に歩もうって口調が貴方の性格ととても合っているわ。そして、その明るさが、人々を引き付けているんだわ)
センドラーの言葉に、思わず照れてしまう。
(ちょ、ちょっと、変なこと言わないでよ! 噛みそうになったじゃない)
何とか演説がおかしくならないように切り抜ける。センドラー、変なこと言わないでよ!
そして、しばらくすると、日が沈みかける。周囲が暗くなったころ、私は演説を終えた。
「皆さん、私の言葉を聞いてくれて、本当にありがとうございました」
そう言って直角に頭を下げた。私の、上手とは言えない演説。
時折噛んだり、言葉を詰まらせてしまった。
それでも届くかどうかわからないけれど、自分にできる精一杯のことはした。
そして、帰ってくる──。
「センドラーさん、すげぇな!」
「これからも、よろしくね」
「約束、守ってくれよ!」
パチパチパチパチ──。
村人たちは、溢れんばかりの拍手を私に送ってくれた。それだけじゃない。私の演説にいろいろな誉め言葉を言ってくれて、賛同をしてくれたのだ。
その姿に、私はうっすらと涙を浮かべ、感動してしまった。
村人たちの表情は、さっきまでのような失望しきっている表情ではない。
私を信じて、希望を見出している表情だ。だから──答えなきゃ。この人たちに。
そして、村人たちがこの場を去っていく。
「頑張れよ」
「応援してるからね」
去り際に掛けてくれた声援が心に染みる。
そして広場から人気がいなくなり、近くの荷物置きに使っている小屋に早足で駆け込むと──。
フラッ──。
目を左手で覆い、その場にへたり込んでしまった。
やっぱり、西日を浴びながら演説なんて、長時間するものじゃない。所々目をそらしていたとはいえ、全部日を視界からそらすことはやはりできなかった。
目が痛い……。
「センドラー様!」
ライナとフォッシュが寄ってきた。
「ごめんね、目が──痛くて」
「そうですよね。センドラー様はそこで休まれてください」
「水、汲んできますね」
そしてライナが水を汲んできてくれた。木のコップの水を一口飲むと、気持ちがとても安らぎ、リラックスする。
「おい、帰りのことで打ち合わせがあるんだけど、いいか?」
兵士団長のおじさんがノックをしてドアを開け、話しかけてくる。
「わかりました。今行きます」
「センドラー様は、ここで休まれてください。終わったら、詳細の方を説明します」
そう言ってライナとフォッシュは外へ足を運んでいった。
木の壁によっかかりながら、だらんと力を抜いていると、センドラーが横に座り込み、話しかけてきた。
(私の負けよ、秋乃)
(え?)
その言葉に私は目をキョトンとさせる。別に、勝負を仕掛けたつもりではなかった。
(そんなつもりじゃあないって。ただ──すさんでいる人たちに、何とかして元気を取り戻してほしい。希望を持ってほしいと思って考えて、思いついたの)
ちょっと照れてしまう。センドラーはため息をついて言葉を返す。
(それが自然に言えるのが、あなたの素晴らしい所ね)
(あ、ありがと……)
褒められると、調子が狂う。
(あの後ね、考え直したの。私、自分の伝えたいことを伝えて、人を動かす。そればっかり考えてしまったんって、聞く人たちのことがすっぽりと抜け落ちてしまったんだって)
「そ、そう……」
(大切なことを忘れていたって、気付かされたわ。ただ聞き手の心理を利用して、こっちの伝えたいことを言うためにテクニックを駆使するためなら、こんなことしなくてよかった)
(だね)
「けれど、それだけだと、あの人たちがどう受け止めるかわからない
座り込みながら、窓の外に視線を向ける。
すでに日は沈んでいて、綺麗な星空がよく見える。
とりあえず、作戦は成功だ。みんな、私の言葉を聞いてくれた。
後は、それを理由にこの地域の警備を強化。
現地の人たちがマリスネスがいいと主張すれば、バルティカ側だって簡単に手出しはできないはずだ。
大丈夫。これで、この地は再び私達の物になる。
最初は上手くいくか不安だったけど、何とかうまく行きそうだ。
このまま、うまく事が運べばいいな……。
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