第62話 そして、調印式

 翌日。



 調印式の日だ。

 朝、メイド服を着た侍女がコーヒーとライムギのパン、野菜スープを三人分持って来た。


 ライナやミットと一緒に、今日の予定を再確認しながら食事をいただく。

 昨日までとは違い、真剣な雰囲気で口数は少ない。



 食事を終えた後、私達は調印式のために約束の大広間へと移動。



 大広間は、最初にペタンとあった部屋よりもかなり広い。


 壁には所々に綺麗な景色や誰かのわからない人の顔を移した絵があったり、出来るだけ部屋の中を豪華に見せて権威を見せつけようとしているように見える。


 そして部屋の中央にはたくさんの要人たちが来ていて、すでに席に座っている。

 まずはいろいろな亜人の人たち。彼らは、マリスネスを構成している人たちだろう。


 他にも、私は知らないがいろいろな要人たちがこの場に来ているのがわかる。


 そして──。


(あいつ、性懲りもなく来てるじゃない!)




 腹が出ている小太りで短髪の中年男。金や銀などの飾り物を、見せつけるようにつけていて、悪趣味という印象が彼にはぴったりだ。


 そう、レオル・ブルムだ。

 リムランドで私と敵対していた、悪事に手を染める常習犯の貴族。


 何と彼も出席している。

 イスに深く腰掛けて、自信に満ちた表情。策がうまくいったと、安心しきっているのがわかる。


 こいつ……。本来かかわりのないあんたがここに来た時点でウェイガン達とかかわりがあると公言しているようなものだ。


 今に見ていろ──。その鼻を、へし折ってやるんだから!


(やっぱり、来てたわね)


(ええ……)


(じゃあ、約束よぉ)


(そうね、信じてるから。頑張って!)


 すぐにセンドラーに交代。こういうことは、彼女の方が適任だ。


(センドラー、頑張って!)


(言われなくても!)


 ……うん。頼りになる。


 そして私たちも指定の席に座る。

 私は、センドラーの後ろで腕を組んで立っていた。



 しばらくして、時間となる。



 いつもよりたくさんの要人に囲まれて、ペタンがやって来た。

 そして、一番奥にある椅子に座る。



 それから、細かい取り決めなどの話が進み、中央にある豪華なテーブルにペタンが付く。


 ペタンは、どこか白けたような表情をしている。

 当然だ。


 彼は事のあらすじを知っているのだから。


 一方のウェイガン。一度ため息をついた後、机にある書類をどこかだるそうに確認。冷めたような態度。

 乗り気でないのだろうか……。


 それが終わるとウェイガンも椅子から立ち上がり、中央にある椅子へ。


 そしてペタンは側近のロスト。ウェイガンはベルクソンからペンを受け取る。

 後はその書類にサインをするだけ──。


 その時──。


「ちょっと待ってくれるぃ」


 立ち上がり、声を上げたのはセンドラーだ。

 二人を威圧するような表情で、ピッと指を刺す。



「な、何だお前は」


 センドラーの突然の言葉に周囲は騒然とし始める。


「そ、そ、そうだ。調印式なんだぞ。サインの邪魔だ。座れ!」


 どこからかヤジが飛んだ。

 取り繕っているが、早くサインをさせたいこと。私の言葉に焦りがあることがバレバレだ。


 事の顛末を知っている私から見れば──。


「ふ~~ん、言うじゃない」


 センドラーはヤジにも動じず、余裕の笑みを見せる。


「じゃあこれを見ても、同じことが言えるの?」


 そして例の書類をペタンとウェイガンがいた机にたたきつけた。



 騒然となるこの場。

 要人たちは何があったのかとその書類に目を配る。もちろん、前日の夜、暴いた資料だ。

 こいつらが結託しているという証拠の──。


「なんだよこれ。ほとんどスパイ行為じゃねぇか」


「マジかよ! どういうことか説明しろよ!」


 ブルムやウェイガンなどは、予想もしていなかったであろう事実に言葉を失っていた。


 ざわめきだす中で、センドラーはニヤリと微笑みながら言い放った。


「残念だったわねぇ。あんた達が何か企んでいるのは、知ってたの。ね!」


 ペタンに顔を向けると、彼はどこか残念そうな表情で言葉を発した。


「ああ、今日の朝。お前達がリムランドたちと何をしているか、こいつらに教えられた」


 そう。私たちがペタンにこの事実を教えたのは、調印式の直前。下準備をしていたタイミングだ。

 あの時の唖然としたペタンの表情は、私の記憶に今も焼き付いている。

 その後、うなだれている彼にセンドラーがこの後の策を指示。


(今の彼、何かを考えられる状態じゃないもの)


(……だね)





 そして、今に至ったというわけだ。


 ペタンと隣にいたフォッシュは、言葉を失っている。

 センドラーは、真剣な表情でウェイガンを見つめている。


 その時──。


 ずん、ずんと重そうな足取りがこっちに向かってくる。慌ててそっちに視線を向けると、 けげんな表情をしたブルムがずかずかと重い足取りでやって来た。


「何? 負け惜しみ?」


「おまえ。自分がどういう事をしているかわかってるのかよ?」



 ブルムが私ににらみを利かせ問い詰めてくる。

 眉間に皺を寄せ、心の底から腹を立てているのがわかる。


「わかってるわ。わかったうえでやってるの。文句ある?」


「正気かお前。リムランド命令に真っ向から反論するとってことだぞ! てめぇはこれで、この国の反逆者になるんだぞ。お前達ラストピアは、俺たちより下の存在なんだよ!」


 確かにそうだ。この王国の中で一番権限が高いのはリムランド政府。ラストピアはあくまで中央政府が広い領地のせいで地方まで支配することができない。それを補う、リムランドの代わりにラストピアを統治するという役割の格が舌の地方政府のような存在。


 だからこのままではブルムの言う通りになってしまう。


 けれど、このままではそうなってしまうのは私もわかってる。だから、対策だってしてきた。

 見てなさい。


「バカねぇ貴方。そのくらいちゃんと、対策してるに決まってるに決まってるじゃない」

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