第3話

 翌日。つまり怪盗パンドラに指示された日の当日。あと数分で現地に到着できそう、という具合の頃。


 篠崎は黒の普通自動車を運転していた。篠崎は免許を取得できる年齢に達していないが、セブンアイズは特例として全ての免許の取得試験を受けることが出来る。


 雑に整備された道を進んで行く。周囲は木々で生い茂っており、空からは日光がわずかに差し込む。


 そんな中を進んでいくと、やがて大きな崖と、その崖に掛かる木製の吊り橋が現れた。


「はは、なるほどね。クローズドサークルを仕込もうって訳だ」


 篠崎はそう呟いて、車から降りた。吊り橋は人が二人並んでギリギリ渡れる程度の幅しかなく、車で渡ることは不可能であった。


「さてと。ということは、私が一番乗りかな」


 篠崎はそう言って周囲を見渡す。篠崎が乗ってきた車の他に、乗り物は一切なかった。山に入ってからここまで30分以上は掛かっており、とても歩いていける距離ではない。かといってバスも通っていないので、必ず車が必要になってくる。しかし篠崎の車以外に、乗り物は停められていない。


 そして篠崎は、車から地図を取り出してそれを確認する。篠崎の予想通り、現地周辺は切り立つ崖で囲まれており、そしてどうやらこの橋でのみ現地に行くことができる様であった。


 篠崎は、再び吊り橋を見る。


(きっと犯人は、私たちが全員現地に着いた後で、吊り橋を落とすのだろう。この吊り橋が落ちたら、私たちは現地から離れることが出来なくなる。スマホは……)


 篠崎はポケットからスマホを取り出した。案の定、圏外であった。つまり、この橋を落とせば、完全にクローズドサークルの条件が揃う。ミステリー小説でお馴染みの、ありふれた舞台設定である。


(そうはさせるか)


 篠崎は車からナイフを取り出した。


(誰一人現地に着く前に、この橋を落としてしまえ)


 篠崎はこう考えた。


 殺人ゲームの参加者は皆、犯人に脅されて強制的に参加させられている。だからこそ全員が指示通りに現地に集合し、そして指示通りにゲームを開始するのだろう。


 だが篠崎は例外である。彼女の目的は死人をできるだけ出さないこと。彼女からしてみれば、殺人ゲームが行われないことがベストである。たとえ、それによって参加者の罪が暴かれてしまおうが、彼女には関係ないことだ。


 この橋を落としてしまえば、参加者が現地に行く手段がなくなって、ゲームは開始できなくなる。参加者はそれによって罪が暴かれてしまうかも知れないが、しかし死者は出ない。


 篠崎は橋を支える縄にナイフをあてがおうとした。



「動くな」



 女性の声が響いた。そして篠崎は、後頭部に何かを押しつけられたような感触を感じ取った。銃を突き付けられているのは明らかであった。


「はは。やっぱり、定番から外れた行動は慎むべきだったね。そんなことをするから、定番から外れた事態に陥ってしまうんだ」


 篠崎は両手を上げながら、自嘲するかのように言った。


――ドンッ!


 やがて後頭部に、強烈な衝撃が走った。篠崎の視界はグラリと揺れる。


 そして彼女は、意識を手放した。

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