第6話
「一体どういうつもりだ」
誰もいない教室。その空間に、アルト声域の声が響いた。篠崎の声だ。彼女は不満げな表情で、歩世を睨んでいる。
体育祭が終わり、ホームルームを済ませた放課後。歩世は篠崎に呼び出されたのだった。
「私のお尻を触っただろう」
篠崎は歩世に問い詰めた。歩世がプレゼントを取った時に響いた悲鳴は、やはり篠崎が違和感を感じ驚いて挙げた声であった。
結局あの後、動揺した篠崎はバトンを落としてしまう。一位だった順位は3位に転落してしまい、大戦犯となってしまったのだった。
「瑠華はシャロと付き合っているのだろう。私の尻を触ってどうする」
篠崎は、歩世が尻を触ったと思っていた。それは勘違いではなくて、確かにプレゼントを取る際に篠崎の尻も触れてしまっている。だから篠崎は確信を持って言っているし、歩世は否定がし難かった。
「ごめん。ちょっとシャロにイタズラされていてさ。瀬奈のポケットに大事なものを入れられていたんだ」
歩世は素直に白状することにした。
「大事な物? それなら素直に私に言ってくれたら良かっただろう」
「いや、その大事な物ってのが、これでさ」
歩世はプレゼントを取り出し、篠崎に見せつける。
「それは……」
それを見た篠崎はハッとした表情をした。
「瀬奈。誕生日おめでとう」
歩世は微笑んで、プレゼントを差し出した。
「プレゼントを渡すのに、そんな悲しそうな顔をするなよ」
篠崎は歩世を見て、困ったようにそう言った。そしてプレゼントを受け取った。
「でもまあ、ありがとう」
篠崎も悲しそうに、笑う。
「そうか。もうそんな時期なんだな」
篠崎は哀愁漂う表情を浮かべて、窓ガラスの先を見た。
「墓参り、行かないと」
「俺も行くよ」
「ああ。いつも悪いな」
そう言い交わした後、しばらく沈黙が続く。蝉の鳴き声。生徒達の声や、上履きが擦れる音。外や学校内の物音が特別大きく聞こえるような、そんな気分に二人はなっていた。
「それにしても良かったよ。私にバレたくないから、プレゼントを取るためにお尻に触れてしまったんだな」
「ああ。その通りだよ」
「私は愚かにも、未だに私に未練があるのかと、邪推してしまった」
(ああ。わざわざこんな所に呼び出したのは、それが理由か)
歩世は一人納得した。
「未練がない、と言ったら嘘になる」
「おいおい。シャロに言いつけるぞ」
「良いさ別に。シャロはもう知っているんだ」
「まあ、そうなのだろうな。見ていれば分かるよ。今回の件も、シャロが嫉妬してプレゼントを隠したのだろう?」
「ああ、そうだよ」
はは、と篠崎は笑った。
「申し訳ないけど、瑠華とは付き合えないよ」
「ああ。分かってる。まだ整理が付いていないんだろ」
ああ、そうだ。と篠崎は言った。彼女からは笑みが消え、握り拳が強く握られている。
「あまり、のめり込むなよ」
歩世は心配そうに言った。
「無理だよ。私の怒りはまだふつふつと煮えたぎっているんだ」
篠崎の目は険しくなった。彼女の視線は窓ガラスを通りこして、上空を飛ぶ飛行機を睨んでいた。
「やはり殺人は、許せないよ」
冷徹な声が、教室内に響いた。
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