第5話

 その後、歩世は篠崎のロッカーや下駄箱などを調べた。しかしプレゼントは見つからなかった。


「瑠華。さっきまでどこにいたんだ?」

「いや、ちょっとな」


 後ろに並ぶ篠崎が歩世に尋ねた。歩世と篠崎は次に始まる男女混合リレーの選手である。二人はその待機列にて待機していた。


『選手は入場してください』


 そんなアナウンスが流れて、選手達は入場し始めた。


「じゃあ瑠華。ちゃんとバトン、渡すんだぞ」


 篠崎はそう言い残して、トラックの反対側へ向かって行った。


 篠崎は運動神経が良い。歩世も良いが、タイムは篠崎の方が上だった。だからリレーでは、歩世がアンカーである篠崎にバトンを渡す。


「おう。瀬奈も、しっかり……」


 歩世はそう言いかけて、言葉に詰まった。体操着に身を包んだ篠崎の後ろ姿。彼女のポケットは少し膨らんでいて、その口から妙な物がはみ出していた。


 それは紛れもなく、歩世が用意したプレゼントの袋の先だった。


 あまりの事に、歩世はその篠崎の尻を凝視してしまう。その視線を少しずらすと、白組の待機場所にシャロがいて目が合った。


 シャロはニヤニヤしながら歩世を見ていた。


(あ、あいつ……!)


 心の内で悪態を付きつつ、シャロのヒントに筋が通っていることに歩世は気がついた。体育祭が終われば体操着を脱いで制服に着替える。その際にポケットに入れられたプレゼントに気がつくだろう。まさにタイムリミットは体育祭が終わるまで。もちろん、その前に篠崎がプレゼントに気がつく可能性もある。


(くそっ! あんなところ、どうやって取れば良いんだ)


 そうこう思案している内に、第一走者が所定の位置に着いた。スターターピストルを持った生徒が、紙火薬を詰めている。


「位置について。用意……」


 直後、炸裂音が響き渡った。第一走者は一斉に走り出す。直線を直進し、コーナーを曲がり、やがて第二走者が待ち受ける付近まで辿り着いた。すると第二走者は助走を開始。第一走者が追いついて、バトンをパスした。


(あのタイミングしかない。いけるか……?)


 思案している間にもリレーは進行する。やがて歩世の番となった。歩世はスタートラインに着いて、反対側の方を見た。そこには篠崎が同じく、スタートラインに立っていた。


 前の走者が近づいてくる。歩世は助走を開始。バトンを確かに受け取って、全力疾走する。順位は1位。歩世が特に足が速くて、2位の選手を突き放していく。


「歩世ぇーっ!」


 篠崎の声が響く。彼女にしては珍しく叫んでいるようだ。終始やる気のない彼女であったが、そんな彼女でもヒートアップしてしまう程に熱い展開を繰り広げられていた。


 そんな篠崎の姿が、徐々に大きくなっていく。遠かった距離が近づいていく。やがて彼女は後ろを見つつ、助走の準備に入った。彼女のポケットには、やはりプレゼントの袋の端がはみ出ていた。


 やがて篠崎は助走を開始。片手を歩世の方に差し出して、スピードを速めていく。彼女との距離が縮まっていき、やがてバトンを渡せる間合いになった。


(今だっ!)


 歩世はバトンをパスした。それとほぼ同時に、篠崎のポケットに手を忍ばせる。


「ひゃっ!?」


 可愛らしい悲鳴が響く。それは紛れもなく、篠崎の声であった。

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