第2話
パン、パンと響く炸裂音。軽快なBGM。生徒と保護者の歓声と、喚き鳴く蝉の声。
晴天で高気温である本日は、体育祭当日であった。
『白組、ここで一歩リードです』
トラックを駆け回る生徒達。体操着を着て、それぞれ赤や白の帯を額に巻いている。そんな彼ら彼女らは、札に書かれた物を調達するために全力疾走していた。
「ガハハ! 良いぞ良いぞ! 我が軍のために頑張りたまえ!」
豪快に叫ぶシャロ。歩世はそんな彼女を見ていた。小さな体躯に、学校指定の体操着を身につけている。白の帯を額に巻き、金髪を靡かせ、二年白組の席の真ん前で応援をしていた。
「やれやれ。こんな暑いのに元気な奴」
「まあでも、シャロらしくて良いじゃないか。むしろ私たちがダラしなくて、申し訳ないくらいだ」
歩世の呟きに、篠崎は苦笑いを浮かべて言った。
「シャローっ!」
片桐が札を持ってこちらに駆け寄って来た。
「むっ、片桐。どうしたのだ?」
「出番だぜ、お姫様」
片桐はニカッと笑いながら、札を裏返してシャロに見せつけた。その札にはマジックペンで ”天才” と書かれている。
「ガハハ! よろしい。であれば私を連れて行くのだ!」
「よいしょっと!」
「ぬおっ!?」
すると片桐は、なんとシャロをお姫様抱っこした。途端に周囲からキャーキャーと黄色い声援が鳴き始める。
「ははっ! おい瑠華、良いのか。君の恋人が、親友にお姫様抱っこされているぞ」
瀬奈が茶化すように言った。
「チッ、うっせ。良いんだよ別に」
チラリとシャロの方を向きながら、不貞腐れたように言った。
「はは。そんなことを言って、いじけてるじゃないか」
「バカ。そんなんじゃねーって!」
(俺が好きなのは、あいつじゃなくて……)
なんて歩世は思いながら、しかしシャロと抱きしめ合った日のことを思い出した。少女を抱きしめる心地良い感覚に、思わず抱きしめ返してしまったことを。
「あはは。顔まで紅くなってるぞ」
「ちょっ、そんなんじゃねーってば!」
別の意味で頬を紅潮させてしまったことに気付いた歩世は、慌てて誤魔化した。
*
「ガハハっ! 一位を取ってきたのだ!」
シャロの上機嫌な声が聞こえてきた。退場用の門の方から、シャロと片桐が借り物競走を終えて帰ってきていた。
「随分と楽しそうだったな」
歩世はシャロに言った。明らかに嫌みが含まれていた。篠崎もそれを感じ取って、クスクスと隠れて笑っている。
「ハッ……!? そ、そうだ片桐! 君なあ、私をお姫様抱っこするとは、何事だ! ち、違うのだ瑠華。これは決して浮気などではない! 片桐が勝手にやったことなのだ!」
「はいはい。片桐は爽やかイケメン男子だもんな。俺みたいな女々しい風貌の奴なんかより、よっぽど良かったんだろ」
歩世はそう言って拗ねた。
「はははっ! 本当に痴話喧嘩を始めやがった。おもしれー!」
片桐が腹を抱えて笑う。
「片桐! 貴様、覚えておけよ」
毛を逆立て怒るシャロ。
『障害物競走の選手は、入場門にて待機してください』
アナウンスが流れた。片桐と篠崎が立ち上がる。
「じゃあ行ってくる」
篠崎が言った。二人はそのまま入場門の方へ向かって行った。
「おい瑠華。鞄から何か落ちたぞ」
シャロはそう言って落ちた物を拾い上げた。それは手のひらより小さめのサイズの物で、水色の包装紙で綺麗に梱包されていた。
「何だこれは。プレゼントか?」
「あ、それは……」
まずそうな表情を浮かべる歩世。
「今日、瀬奈の誕生日なんだ。それはプレゼントだよ」
白状するように歩世は言った。
「ほう、そうなのか。今日は篠崎の誕生日。そうと知っていれば、私も何か用意したのに」
「まあ、あいつは誰かに祝ってもらうのが嫌いだからな」
「それでもプレゼントを渡すのだな」
「まあな。俺とあいつは幼馴染みで、ずっとそうして来たから」
歩世はそう言うと、立ち上がる。
「むっ、どうしたのだ」
「トイレだよ」
歩世は一言告げて立ち去っていった。
そして一人になるシャロ。
「むう。せっかく二人きりになれたというのに、すぐにトイレに行ってしまうなんて」
シャロは不貞腐れて言った。頬を膨らませて、走り回る選手達を眺める。因みに二年白組の待機場所には競技に参加しない生徒がいるので、決して二人きりという訳ではない。
シャロは偶々視界に入ったプレゼントをちらりと見る。
(二人には長い歴史がある。私には割り込む余地がない)
プレゼントを見つめ続けるシャロ。
(むう、気に食わない。頭で理解していても、他の女に感けている瑠華が、すごいムカつくのだ)
シャロは頭に血が上って、顔を紅くした。しかし、すぐにシャロは何かを閃いたような表情を浮かべる。
そしてニヤリと口角をつり上げたのだった。
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