日常編2:体育祭

第1話

 7月。蝉が喧しく鳴き始めた時期。空は青くて、遠くには大きな雲が浮かんでいる。36度の気温の中、歩世は学校に入り、ローファーに履き替えた。


「よう、歩世。おはよ」


 同じく上履きに履き替えていた片桐が、歩世に声を掛けた。


「おはよ、片桐。今日もアチぃな」

「本当にな。こんな中、体育祭をやるって正気の沙汰じゃない」


 真夏の気温に、二人はすっかりゲンナリしていた。


「まあでもほら、この時期はみんな薄着になるから、良いよな」


 ゲヘヘと片桐は、通り過ぎていった女子生徒を見つめる。


「おいおい片桐。お前には立派な彼女が……」


 歩世はそう言いながら、片桐の視線につられてその子を見た。ポニーテールのうなじ部分から汗が垂れている。白のブラウスも心なしか透けているような気がした。


「おはよう。瑠華、片桐」


 その子が急に話しかけてきたものだから、歩世はビクッとした。


「お、おはよ。瀬奈」


 狼狽えながら、返事をする歩世。見惚れていた相手は、幼馴染みの篠崎だった。


「髪型、変えたんだな」


 歩世は言った。


「ああ。真夏だと長い髪が鬱陶しくてな。かといって切るのも気が進まなくて」

「良いじゃん。似合ってるよそれ。なあ、歩世」

「お、おう。そうだな」


 歩世は気恥ずかしそうに言った。


「そ、そうか。良かった……」


 篠崎も珍しく頬を紅潮させ、照れながら言う。


 三人で教室のドアを開けると、歩世は真っ先にシャロを見つけた。彼女は他の女子数人と仲良く話している。


「おお、瑠華! 篠崎に片桐も、おはよう」


 シャロは会話を中断して、歩世のもとへ駆け寄った。


「すっかり人気者だな」


 歩世は笑って言った。


「私は頭が切れるからな! 勉強を教えたり、色々と人気者なのだ。ガハハ!」


 腰に手を当てて、豪快に笑うシャロ。歩世と片桐と篠崎は、それぞれの席に着いた。


「なあなあ、瑠華は知っているか? 体育祭というのをやるらしいのだが」


 後ろの席に座るシャロが、背中越しに話しかけた。


「ああ、知ってる。こんな暑いのに、良くやるよな」


 歩世はやはりウンザリした様子で言う。


「正直、私も気が進まないな」


 と歩世の隣に座る篠崎が言った。


「瀬奈は運動が得意だけど、好きではないもんな」

「ああ、その通りだ」


 歩世の言葉に、情けなく篠崎は笑った。篠崎は面倒臭がりであった。


「私は楽しみだぞ。そういったイベントは経験がなくてな」


 ガハハ、とシャロは笑った。


 しばらく歓談していると、教室のドアがガラガラと開く。そして白シャツに黒スカートを着た女教師が入室してきた。


「ハァー……」


 そして教壇に着くなり、深いため息を吐いた。片耳に付けられた青い宝石のピアスがキラリと光る。彼女の名は吉田葵。歩世のクラスの担任を務める教師である。


「みんな、はよ……」

「おはようございまーす」


 ボソリと呟いた吉田の挨拶に、クラス全員が応えた。


「はは。みんな元気が良いね。あなた達だけよ。私の挨拶を返してくれるのは」


 奇妙な雰囲気となる教室内。吉田のメンヘラっぷりには、いつまでも慣れないクラスメイト達であった。


「さて。もうすぐ体育祭が始まります。この後のホームルームで、日程や各種目に参加する選手を決めます」


 吉田の言葉に、歓喜する生徒達。


「まあ、頑張るしかないな」


 隣に座る篠崎が、歩世に向かって笑いかけた。歩世は篠崎のその顔を、ただ黙って見つめる。


(そうか、そんな時期か)


 歩世は一人、そんなことを思うのだった。

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