第6話
ファンタジーアイランドのスタッフ用駐車場。蛍光灯に照らされて薄っすらと明るいその場所から、一台のトラックが出てきた。
その運転席に座っているのは、小綺麗なスーツを着て、短髪をワックスでテカテカに固め、そして飾り気の無い眼鏡をしている。ファンタジーアイランド社長秘書の仙波だった。
「これで俺の勝ちだ」
仙波はニヤリと笑った。
「それはどうかな」
助手席の足元から、金髪の少女が現れた。
「おやおや、シャーロ・クロック様。どうして此処に」
とぼけた様子で仙波は言った。
「現地に行くと言いながら、現地から遠ざかる者がいたのでなあ。後を追ってみたのだよ」
シャロはパイプを取り出して、吸う。
「それよりもだ。俺の勝ち、とはどういう意味かね」
「いえ。実は竜の瞳は偽物にすり替えておいたのです。本物はトラックの荷台にあります。このままパンドラから気付かれずに島を出ることが出来れば、我々の勝ちという訳です」
「いいや違うな。このまま島を出たら、パンドラの勝ちとなるだろう。なあ……」
猛禽類を彷彿とさせる様な目で、シャロは仙波を見た。
「怪盗パンドラ」
シャロの言葉に、仙波は沈黙した。
「パンドラは基本、犯行の直前に予告状を出す。しかし今回は予告から犯行まで二日間の猶予があった。その理由は君が言った通り、偽物にすり替えさせるため。二日間という絶妙に短い猶予により、中止という選択肢を選び難くしつつ、しかし何らかの対策を取りたいという心理を突いた、という訳だ」
「何のためにそんなことを?」
「パレードのラストシーン。わずか十数秒の停電の間で竜の瞳を消失させるトリックのためだ」
仙波は再び押し黙った。
「偽物であれば、簡単なことだ」
シャロはそう言って、説明をした。
偽物。つまり竜の瞳は、仙波秘書本人がすり替えたガラスだった。偽物であれば、消失させるだけで良い。そして消失させるだけなら、割ってしまうのが手っ取り早い。本物ならともかく、ガラスであれば銃弾で割ることが可能だ。
「今日の竜の瞳にはめられている物が偽物だということは、すぐに分かったよ。本物は光を星のように反射させるが、今日の物は普通の輝きだった」
「しかし、そんなことをする必要がありますか? 勇者に成り済まして、そのまま取ってしまった方が楽でしょう?」
「そう思わせるのが君の目的だろう。事前の調査でテーマパークに細工はない。わずか十数秒の停電により獲物が奪われる。こんな状況では、獲物に最も近かった勇者が疑われる。そして警察はまんまと騙されてしまった訳だ」
「そう思わせる理由だってないはずでしょう。私だったら、勇者がパンドラでないとミスリードさせる方向で計画を進めますよ」
「確かにパンドラが勇者に扮した方が、獲物を盗むのに好都合だろう。しかし此処は本島から孤立した島。本島に戻るには船に乗る必要がある。つまり時間を稼ぐ必要があった訳だ。だから無関係の勇者役をパンドラに仕立て上げ、警察を足止めさせたのだ」
「はっはっは。なるほど。しかし私はパンドラではありませんよ。だってヘキサが故障したのはパレードの開始直前でしょう? 私はその前に本人認証を済ましています」
「くだらないな。君が仙波に成り済ましたタイミングで、ヘキサを故障させたのだろう? 今回のヘキサの不具合には、放送室や電気施設への犯行に気付かれるのを遅らせる他に、パンドラ自身が誰かに成り済ますのを手助けする意味もあったのだ」
「そもそも、私が偽物である根拠は何です?」
「その眼鏡だよ。それは本物の仙波さんを拘束した際に、本人から拝借した物だろう。仙波さんはサイズが合っていない眼鏡を付けていた。だから頻繁に眼鏡の位置を正していた。しかし君はそういう動作を全くしていない。たまたま、君にはその眼鏡がピッタリ合っていたからだ。変装の際に、顔の骨格の微調整は普通しないだろうからな」
シャロはビシっと指を差した。
「さて、君が本物だというのなら、その眼鏡を直接触って確かめさせてもらおうか!」
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