第8話
篠崎に掛けられた手錠は、まさに盗まれたはずのタルタロスの手錠であった。
それが篠崎の懐にあった。ということは、シャロの推理通りだったということだ。
「クックック……」
篠崎が顔を伏せて笑った。
――ボンッ!
その瞬間、彼女の周りにピンク色の煙が立ち込めた。近くにいた織田やシャロ、そして警察官たちは思わずその煙を手ではたいた。
やがて、煙は晴れた。先ほどまで篠崎であったその人物の姿は、まるで変わっていた。
「いかにも。私が怪盗パンドラだ」
篠崎もとい怪盗パンドラは、立体投影の映像と同様の姿にすっかり変わっていた。
「ふぇえ……怪盗パンドラ。本物だあ……!」
シャロはトロけるような声を上げた。怪盗パンドラは手錠に繋がれたシャロを、お姫様抱っこしていたのだ。
「タルタロスの手錠は確かに頂戴した」
怪盗パンドラはそう言うと、繋がれた手を挙げて手錠を見せ付ける。
「それでは愚者共。ご機嫌よう」
――パァンッ!
瞬間。喧しい炸裂音と、眩い閃光が迸った。それにより展示室内にいた全員の目と耳がやられた。
その隙に、怪盗パンドラはシャロを抱き抱えたまま、外に飛び出した。
「アッハッハッハッハッ! 凄い! 凄いぞ! 我々の愛の営みはたった今、完了したっ!」
シャロは狂ったように笑い、そんなことを言った。
「楽しそうで何よりだ」
怪盗パンドラは懐に手を伸ばし、何らかのスイッチを押した。すると背中から翼のような物が展開される。怪盗パンドラはそれを使って、シャロを抱えたまま滑空した。
「ああ楽しいっ! 楽しいともっ! 君が獲物を盗み、私がそれを阻止する。我々は確かに愛し合ったのだ!」
シャロは発狂気味だった。
怪盗パンドラは、やがて高層ビルの屋上に着地した。そしてお姫様抱っこしたままのシャロを見つめる。ふいに、怪盗パンドラはシャロの顎をくすぐった。
「ウヒョヒョヒョヒョッ!」
シャロは奇天烈な声で笑う。怪盗パンドラは思わず顔を退いた。
「さて。私を見事拘束したシャロ殿。あなたは一体、私をどうするつもりかな」
怪盗パンドラはシャロに尋ねた。拘束されているのに、どこか余裕そうだ。
「知っているかね。この手錠の鍵は先日、失われたのだ。故に我々を繋ぐこの手錠を解錠することは出来ない。我々は文字通り、一心同体となったのだ」
シャロは楽しそうに言った。
「これから我々は一心同体。同じ家に住み、同じ飯を食らい、同じ風呂を浴び、同じベッドに寝る。憧れの怪盗パンドラとの、夢の共同生活の始まりなのだ!」
そしてシャロはうっとりとした顔で、怪盗パンドラの頬を撫でた。
「なるほど。しかし残念だ」
怪盗パンドラは表情を崩さずに言う。
「あなたの夢見た共同生活は、叶わないのだから」
――カチャリ。
そんな音が響いて、シャロは自分の手元を見た。先ほどまで拘束していたはずの手錠が、解錠されていた。
「なっ……!?」
シャロは驚愕の表情を浮かべた。
「鍵が紛失したのは、私が盗んだからだよ。この手錠を展示させるために、ね。その方が良く目立つ」
怪盗パンドラの口元が、ニヤリと歪んだ。その瞬間、彼の蝶ネクタイからピンク色の煙が吹き出した。
「ふぇあぁあぁ~」
シャロはその煙を顔面に浴びてしまい、間抜けな声を挙げた。
「私の勝ちだ。名探偵シャロ」
怪盗パンドラはそう言うと、強烈な睡魔と戦っているシャロを屋上の床に降ろした。
「こんっのお!」
シャロはそう言うと、我武者羅に怪盗パンドラに飛びかかった。そして、彼の身体にひっつくと、首筋を思いっきり噛んだ。怪盗パンドラは慌ててシャロを引き離す。
「くう……」
強烈な痛みに、怪盗パンドラは苦悶の表情をした。血が出ていて、その周りは痣になっていた。
「マーキングだ」
シャロはしてやったりの表情で怪盗パンドラを見た。そしてふらふらと近寄って、彼の服を弱々しく掴む。
「必ず見つけ出してやる。貴様を追い詰めて、追い詰めて、私のことしか考えられなくしてやる」
そう言い放った後、シャロの意識は飛んだ。
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