第5話
間もなく電気は復旧し、展示室内は明るくなった。
篠崎はエイミーを連れて、タルタロスの手錠があった台座の前に立つ。
「全員離れて下さい。まず私が調べます」
篠崎はそしてエイミーの目線に合うように屈んだ。
「お姉ちゃん……」
「よしよし、怖かったね。私は現場を少し調べるから、君はここで待っててね」
そう言ってあやすように、エイミーの頭を撫でた。
「お姉ちゃん、あれ……」
エイミーは台座のとある場所を指差した。それはタルタロスの手錠があった場所に近い、高い位置だった。
「あれは、弾痕っすね」
織田が言った。
「意外と、痕跡を残しているのかも知れませんね」
そう言いながら、篠崎は調べ始めた。
*
調べ終えた篠崎は、織田と意見を擦り合わせていた。
まず間違いなく、タルタロスの手錠はなくなっていた。少なくとも台座の近くにはなかったという。
最も近くにいた警備員二名の話によると、彼らは窓ガラスが盛大に割れる直前まで獲物を監視していた。そしてその時点では獲物はあったそうだ。
しかし、窓ガラスが割れた時に二人ともそこに注目してしまい、再び視線を戻した時には獲物は無くなっていた。視線を逸らしている時間は約10秒。その間に人が近づいた気配もなかった。
「台座の数カ所と壁に数カ所、弾痕がありました。恐らくパンドラは、銃で発砲してケースを破壊し、何らかの方法で獲物を入手したのでしょう」
「しかし篠崎さん。銃声なんて聞こえなかったすよ?」
「いやいや織田警部。もっと大きな騒音で目立たなかっただけですよ。盛大にガラスが割れたでしょう」
「ああ、なるほど。マジでやばい音でしたね、あれ!」
ケラケラと、織田は笑った。
「問題は二つです」
篠崎は二本指を立てて、その問題を説明した。
一つ目は、銃を向ければ誰かが気付くはず。しかし目撃者はいなかった。
二つ目は、どうやって短い時間で、警備員に悟られず、高い位置にある獲物を入手したのか。
篠崎は顎に手を置いて思案した。すると太ももあたりに軽い衝撃を感じた。篠崎がそこに目をやると、エイミーが篠崎の太ももを突っついていた。
「そうだエイミー。ご両親の所に戻ろうね」
篠崎は微笑んでエイミーの手を握った。
「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんはセブンアイズっていう、有名な探偵なんだよね」
「うん? ああ、そうだよ。セブンアイズって、言ったっけ。まあ、有名だし、知っていたのかな」
「そんな凄いタンテーさんなのに、どうしてこんな簡単なトリックが分からないの?」
「えっ……」
エイミーは一切の汚れを知らなそうな、純真無垢な子だった。そんな子の口から、まさかの煽りのような言葉が発せられて、篠崎は絶句した。
「クックック……ウッヒッヒッヒィッ!」
エイミーは顔を伏せ、不気味に笑い出した。金髪の、お人形のような少女がそんな風に笑うものだから、より一層不気味であった。
エイミーは一通り笑った後、顔を上げた。オレンジ色の燃えるような瞳。ギラギラとした目が、篠崎を射貫いた。
エイミーは、片手を上げた。
「ワトリーヌ・グレイソン!」
そして、とても似つかわしくない、堂々とした声で誰かを呼んだ。
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