第5話

 間もなく電気は復旧し、展示室内は明るくなった。


 篠崎はエイミーを連れて、タルタロスの手錠があった台座の前に立つ。


「全員離れて下さい。まず私が調べます」


 篠崎はそしてエイミーの目線に合うように屈んだ。


「お姉ちゃん……」

「よしよし、怖かったね。私は現場を少し調べるから、君はここで待っててね」


 そう言ってあやすように、エイミーの頭を撫でた。


「お姉ちゃん、あれ……」


 エイミーは台座のとある場所を指差した。それはタルタロスの手錠があった場所に近い、高い位置だった。


「あれは、弾痕っすね」


 織田が言った。


「意外と、痕跡を残しているのかも知れませんね」


 そう言いながら、篠崎は調べ始めた。





 調べ終えた篠崎は、織田と意見を擦り合わせていた。


 まず間違いなく、タルタロスの手錠はなくなっていた。少なくとも台座の近くにはなかったという。


 最も近くにいた警備員二名の話によると、彼らは窓ガラスが盛大に割れる直前まで獲物を監視していた。そしてその時点では獲物はあったそうだ。


 しかし、窓ガラスが割れた時に二人ともそこに注目してしまい、再び視線を戻した時には獲物は無くなっていた。視線を逸らしている時間は約10秒。その間に人が近づいた気配もなかった。


「台座の数カ所と壁に数カ所、弾痕がありました。恐らくパンドラは、銃で発砲してケースを破壊し、何らかの方法で獲物を入手したのでしょう」

「しかし篠崎さん。銃声なんて聞こえなかったすよ?」

「いやいや織田警部。もっと大きな騒音で目立たなかっただけですよ。盛大にガラスが割れたでしょう」

「ああ、なるほど。マジでやばい音でしたね、あれ!」


 ケラケラと、織田は笑った。


「問題は二つです」


 篠崎は二本指を立てて、その問題を説明した。


 一つ目は、銃を向ければ誰かが気付くはず。しかし目撃者はいなかった。


 二つ目は、どうやって短い時間で、警備員に悟られず、高い位置にある獲物を入手したのか。


 篠崎は顎に手を置いて思案した。すると太ももあたりに軽い衝撃を感じた。篠崎がそこに目をやると、エイミーが篠崎の太ももを突っついていた。


「そうだエイミー。ご両親の所に戻ろうね」


 篠崎は微笑んでエイミーの手を握った。


「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんはセブンアイズっていう、有名な探偵なんだよね」

「うん? ああ、そうだよ。セブンアイズって、言ったっけ。まあ、有名だし、知っていたのかな」

「そんな凄いタンテーさんなのに、どうしてこんな簡単なトリックが分からないの?」

「えっ……」


 エイミーは一切の汚れを知らなそうな、純真無垢な子だった。そんな子の口から、まさかの煽りのような言葉が発せられて、篠崎は絶句した。


「クックック……ウッヒッヒッヒィッ!」


 エイミーは顔を伏せ、不気味に笑い出した。金髪の、お人形のような少女がそんな風に笑うものだから、より一層不気味であった。


 エイミーは一通り笑った後、顔を上げた。オレンジ色の燃えるような瞳。ギラギラとした目が、篠崎を射貫いた。


 エイミーは、片手を上げた。


「ワトリーヌ・グレイソン!」


 そして、とても似つかわしくない、堂々とした声で誰かを呼んだ。

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