過ぎ去る日々に。
aza/あざ(筒示明日香)
過ぎ去る日々に。
わかってる。
叔父さんは本当に『お父さん』じゃないし何より本当は“赤の他人”。僕の“義理”のお父さんと、叔父さんは“実”の兄弟。僕は僕の、“実”のお母さんの『連れ子』と言うヤツで。
“血の繋がり”と言うモノはまったく無い。
「───もう中学生か……」
「……」
不意に、叔父さんが喋った。両親亡き後僕を引き取ってくれた叔父さんは、今年三十四歳で未だ独身。外見は相応で、和風的な雰囲気の顔立ちの流麗な美形で髪を長く伸ばしているけど違和感無くむしろ似合っている。そして、そんな彼はまったく女っ気と言うモノが無かった。……彼女を作れなかったのは、多少僕のせいだとして。なぜ言い寄る女すらそう現れないかと言えば、単に彼が鈍感で在るのと。
「……叔父さん、さっき担当の
物書きであるから、あまり外界と接触しないと言う点が作用しているのかもしれない。
「そうか、後で聞いておくよ。それより
彼は何でも無いようにこんなコトを訊く。ただでさえ僕をここまで育てたと言うのに。叔父とは言え血の繋がりは無い僕を、ここまで可愛がる。正直、ある意味当惑していた。
「……。要らないよ。そんな、誕生日にわざわざモノをねだるような年でもないからねー」
僕は、苦味を噛み潰すように笑い目を細め、口の端を上げた。申し訳が立たない。余りにも、可愛がられ過ぎて。
両親の死後、大して力を入れてもいなかった作家業に専念して、僕を育てた叔父。何より、僕のせいで叔父は大学を辞めた。そのまま行けば大学院に行けた成績の持ち主だと言うのに。
「そうだな。中学生にもなってそれは無いか……。じゃあ、どうしようか」
「うん。いつもみたいにケーキを作ってくれるだけで好い。あと、僕の作った一品を食べてくれれば」
「それじゃ、いつもと同じじゃないか」
笑う僕。笑う叔父。何のワダカマリも無いように。実際は無いのだ。僕は叔父を尊敬しているし変な意味じゃなく家族として愛している。最近じゃ、叔父を真似て髪を伸ばしてみたり(いや、これは不精も有る)とか。何にも無い。
ただ、僕に負い目が在るだけで。
「それで良いんだよ。僕は行くね? 今日は仮入部の部活説明会も有って遅くなるから」
「あぁ、行っておいで」
「行ってきます」
ショルダー型の鞄を手にして肩に掛けながら言う。足は玄関へ。ドアを開け、外へ出る。
「……」
ドアを閉めてしばし、ドアを背に寄り掛かる。思うのは、どうしたら良いんだろう? ってコト。これ以上どうしたら。どうしたら。
どうしたら、僕は叔父さんを自由にしてあげられる?
「おはよー」
学校へ行けば小学校から持ち上がりの友達がいる。口々に挨拶を交わしながら席に着く。かたん、と、椅子を引いて座る。途端、同じクラスの女子が寄ってきた。何やら僕に、不穏な予感を植え付けて。
「
“あの”ときた。
僕はヒトの顔を覚えるのは得意だが、更に特定して名前を覚えることは苦手だった。この娘はまさにそれで。実は把握出来ていない。
こー言うのは初めてな訳ではない。辟易はするけど。叔父さんは若い読者層も獲得しているらしかったので。
「ね? お願い」
「……」
僕自身はどうも人当たりが良く見えるらしい。こんなお願いすら聞き届けるだろうと思われている。構わない、けど。
「───わかった。預かるね?」
笑顔でクラスメートの女の子に承諾する、自分も大概甘いなぁと考えてしまう。
「……っ……」
「?」
「あ、有り難……ぅ」
笑って受け取ったとき、なぜか彼女は見開いた目で僕を見、次いでそそくさとお礼もそこそこと言う感じで立ち去ってしまった。頬を染めていたようだから、いきなり行動を自覚して恥じ入ってしまったのだろうか?
「入学早々モテますね、川嶋くん?」
「
思考中の僕に、悪ふざけたちゃちゃを入れてきたのは小学校でもよく遊んでいた飛山だった。
「だいたいね、違うよ。この手紙は叔父さん宛て。僕じゃないの。僕なんかアウトオブ眼中なの」
「うーにゃ。見てみろよ、あの女子。お前のほうちらっちらっ見てるぜ? ありゃあ気付かなかったお前の美貌に気付いて、魅入られたっつー感じじゃん。モテるねーこの、色男」
飛山は勝手に完結付けて、勝手に盛り上がっている。阿呆だ。
「相変わらず名前だけじゃなく頭の飛んだヤツだな」
「お誉めにいただき光栄です」
「誉めてないから」
そんな会話も莫迦らしい漫才になり掛かったところで、チャイムが鳴り担任がやってきた。まだ『あかさたな』と、出席番号順の席位置なので飛山もさっさと席に走り寄る。
担任の先生の声も流し聴き。つ、と、窓を眺め見る。その視線の先に、窓と僕との間丁度直線上に、例の手紙の女生徒がいた。彼女もこちらを見ていたらしく、目が合ったので微笑み掛けたら、ばっと逸らされてしまった。
何だろう? 不思議に思いはしたものの、仕方なく僕は前を向くことにする。このまま窓を見ていたら、必然的に彼女を見ることになるからだ。別に僕は良いけど、彼女が嫌なんじゃないかと感じたから。
目線を在るべき黒板へ戻し片方の肘を突く。僕たち新入生はこの時期大した授業をしない。ゆえに大して面白くも無い訳で。あと数日で自身の誕生日だと、叔父とした今朝の会話を回想して、“あぁ、どうしようか”などと考えるくらいに。
「───好きなの」
感想を、一言述べるなら『唐突』だった。手紙を手渡すようにと頼まれた日から数日経った、僕の誕生日当日だ。
いきなり告白してきたのは、僕に手紙を託したあの女子だった。
「何でまた……」
「迷惑なのはわかってるの。でも言わずにはいられなくて。私ね、川嶋くんの笑顔好きなの。笑ってもらえるだけでうれしくなって。それに気付いたら言いたくて言いたくて。……ごめんなさい」
謝られても困った。とは言え淡々と耳まで真っ赤にしている彼女を意識から放り出し、今日が誕生日であることに僕は気に取られていた。彼女には申し訳ないことなのだけど。
「川嶋くん、あったかく笑うから、そこが好きで……」
“そう”とも相槌を打てず、僕は乱れてきた髪をゴムを外し纏め直す。さらりと肩下まで伸びた髪が、流れるのを見て。再び彼女は口を噤んだ。
「……何?」
「あっ! ご、ごめんなさい!! あんまり綺麗だったからつい…」
男に『綺麗』は使い方が違うとか、僕は自分が対象でなければ普段は考え付かないような意見に至った。別に『綺麗なモノ』を“綺麗”と感じ『綺麗』と表現することは当たり前だと思っているので、それが男だろうと犬だろうと猫だろうと牛だろうとぶっちゃけマンホールだろうと良いと思う。
ただ自分に関してのみ例外で。母親似だと称されているこの容姿を、僕は愛したり出来ないからでもあり。
叔父さんと血の繋がらない
俯いてしまった女生徒に返事も出来ないまましないままに、僕はそればかりに集中していた。
「ただいま」
結局居たたまれない空気に堪え切れなくなった彼女が、逃げ出すことで告白劇は幕を閉じた。明日になったら彼女に詫びを入れに行こうと思った。靴を脱いで中に入る。叔父さんに帰宅したことを伝えようと、キッチンに向かうとだんだんと甘い香りが漂ってくる。
「帰ったよ」
「あぁ、お帰り。今日はご馳走作るからな。手を洗って部屋で待ってなさい」
「僕には作らせてくれないの?」
「プレゼント代わりだからな。今日は私が全部作る」
そう返されては二の句は告げず。僕は渋々部屋へと入った。“プレゼントは要らない”と、言ったのは自分なのだから。
それでも“祝いたい”と、叔父さんが言うのだから。
部屋に入り着替え、制服から私服になる。宿題も無く予習さえ滅多にしない僕だったが、机に座りカレンダーを見詰めた。あと、どれくらい誕生日を迎えれば、僕は叔父さんを自由にしてあげられるだろう。
僕がいたら、叔父さんは僕ばかり気にしていなければならない。他人の僕を。それが重荷だなんて感じたりしない。ただ負い目なだけで。
傲慢かもしれない。
だけども僕は大人になりたかった。だって、そうしたら。
僕の思考はそこで遮られた。
「今、行きまーす」
あと何回誕生日を迎えたら。
【Fin.】
過ぎ去る日々に。 aza/あざ(筒示明日香) @idcg
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