ページ71『劣等感と自己犠牲』

人は誰かを愛すことがある。ずっと、この世界に自分たちの子孫を残すために、誰かを愛する。


 人は、動物を愛することもある。その愛らしい見た目を見て、愛すことがある。育てているうちに、愛情が湧くことがある。




 それと同じだ。神様だって、人を愛すことがあるんだ。


 だから、この世界には、神様に愛された人が居る。そんな、特別な人が。


 僕の場合、愛されたのがニート・スペリクルではなくて、魔術神だったと言うだけ。それだけの差だ。それだけの差で、人生には、こんなに大きな差が出るんだ。




 僕は本当に、魔術神に愛された。信仰心の高い『友人』とかがこの境遇だったら、きっと喜んだんだろう。譲ってやりたいよ。


 でも、運命は僕らに優しくなかった。




 僕は特殊なタイプだ。実を言うと僕は、固有能力を持っていない。固有魔法は持っているが、『時計』という固有魔法で、武器や攻撃モーションが変わるだけの使えないやつだ。


 僕の強さは、全て固有特権のおかげ。つまり、魔術神に愛されたから、強くなれた。


 僕は導き手としての称号をふたつ持っている。どれだけ愛したら気が済むのか。




 1つは時間の観望者―現在―だ。それについては知っていて、友人は僕達を迎えに来た。でも友人は、パーティ会場で、僕に会って気がついた。僕はもう1つ、固有特権を持っている。




『経験値システム』と名付けた固有特権だ。これが、魔術神秘教団 第3の導き手『魔術の熟練者』としての固有特権。2つもの導き手としての称号を冠しているのは、僕だけだ。






 知っているだろうけど僕は、キャリソン家の長男として生まれた。両親曰く、魔術、勉強、運動ともに、そこそこ優秀だったため、極一般的な『貴族』というような生活をしていた。食事も豪華、しっかりと睡眠をとって。生活に困るようなこともあるはずもないし、その頃の生活にも満足していたよ。




 何年か、そういう風に暮らしていると、妹が生まれた。名門家系の長男、未来のキャリソン家を引き継ぐものだった僕は、新たに『お兄ちゃん』になった。


 お兄ちゃんになってからは、前よりも日常を楽しいと感じた。セレインに何かを教えて、セレインがそれを学び、喜んでくれた時には、嬉しかったよ。そうそう、セレインから学ぶことだってあった。




 セレインは頭も良くて呑み込みが早く、魔術の扱いも上手だ。セレインはどんどん上達して行くから、負けられないと思って、僕も必死に頑張ったのを覚えているよ。


 でも、基本の性能では、遥かにセレインの方が僕より上だった。それなのに僕がセレインに劣らなかったのは、僕が魔術神に愛されていたから。




 経験値システムとは、そのままの意味。ゲームとかでよくあるやつだ。敵と戦ったり特訓したりすることで、徐々に強くなっていくシステムだ。それが、『魔術の熟練者』の能力。これは、生まれつき授かっていた能力では無い。日々強くなろうと特訓している内、授かった固有特権。




 セレインは自慢の妹で、大切だった。でも、ちょっとだけ羨ましかった。セレインの方が、次のキャリソン家を纏める人材として優秀なのではないか。と、何度も考えたことがあった。自分が劣っているように感じていた。




 そんな僕の人生が変わったのも、アイツらと同じだ。キャリソン家全体のパーティ。


 あそこで友人が僕達を迎えに来た時、全てが変わった。






 「私は友人。貴方達導き手の友人であり、全ての使徒の友人である者。お迎えにまいりましたよ、『観望者』様」






 そう言ってあいつは、僕達3人に手を差し伸べた。この辺りは知っているだろうけどさ。


 僕はあまり混乱はしなかった。誰だよって、ずっと思ってた。それを聞こうと思ったら、セレインがそれを聞いた。はきはきと、戸惑うことなく。




 やっぱり敵わないな、完璧な妹だ。僕は流れに乗って、セレインと同じような事を言った。最低だ、妹と同じことを妹より少し遅れて言ったところで何になるんだって思うよね、かっこ悪いよ。




 あの時は、観望者が何なのかもわからなかったし、自分のことを言われているなんて思いもしなかった。




 でも今度こそは先に僕がと思って、時間停止を発動した。でも相手には、それは効かなかったんだ。自分の従兄弟にも。




 今更だけど、導き手の数字。あれが、何を表しているかを説明しよう。あれは、簡単に言うと、使徒が従わなければならない優先順位、導き手の能力の効果の効き目を表している。


 使徒は、1から順に、数字が小さい導き手がいると、その人に必ず従わなければならない。例えば、リナが使徒に対して何か指示をしても、そこでケミキルが別の指示を出した場合、ケミキルの指示に従わなくてはならないということだ。


 能力の効果に関しては、僕の時間停止がケミキルに効果がなかったことがわかりやすい。相手に影響を与える能力の場合、自分より上の数字の導き手には、能力が効かない。


 時間停止は、『時間の観望者』…つまり、第7の導き手の能力だ。だから、第6の導き手であるケミキルには効果がない。




『友人』には効果がなかった。つまり友人は、1、2、4、5の導き手のどれかだと言うのは、僕でも簡単にわかる。




 効果がなかったから、僕は時間停止を解除した。リナがここの全員と決闘をして、勝ったら認めると言った。『殺してもいい』とも言った。


 そのせいで、本当に両親は死んだ。優しくて、大好きな両親だった。




 僕から見たら両親の仇は、友人ではなくリナだ。リナが嫌いだという理由のひとつに、それもある。




 その後、セレインは両親を助けようと、炎の中に残ろうとしていた。優しい妹だ、よくできた自慢の妹だ。だからこそ、守ろうとして、僕が炎を防いだ。


 今思うと、あれがハプの言う自己犠牲なんだよね。




 僕は死ぬと思っていた。僕よりもセレインの方が役に立つから。僕は役に立たない、僕が何をやったところで何も変わらない。僕以上の人なんて世界中を探せばどこにでもいるんだから、いなくなっても大丈夫。


 みんながいなくなったら困るんだから、僕がいなくなればいい。僕が囮となれば、僕以上の人が助かる。


 僕が危険な調査をすれば、たくさんの仲間が安全になる。


 僕が死ねば、僕以上の人が、生き残る。




 セレインと一緒にいることで、劣等感を感じていたから、自己犠牲のくせがついていた。セレインは、僕によく言ってきた。




『兄様はとってもお勉強ができて、すごいです! 』『どうやったら、そんな魔術が使えるんですか? 尊敬します、兄様! 』『そんな、私なんかより、兄様の方が素晴らしいです! 』


『兄様、尊敬しています! 』




 だからこそ、劣等感が凄かった。セレインは僕より優秀なのに、僕を何度も褒めてくる。


 セレインと一緒にいると、自分が底辺に感じられる。




 だからセレインを生かそうとしたのだ。




 でもその後目を覚ましたのは、死後の世界ではなく、知らない部屋。死んだら、こんなところに来るのかな? なんてことも考えたくらいだ。


 でも、そこには、友人がいた。






 「…お前は、さっきの」




 「おはようございます。よく眠れたようですね。少し怪我をされていたようでしたので、治療をしておきましたよ」




 「回復術士か…? 君が僕をここに連れてきたのか、早く帰してくれないか? 」




 「帰るのですか? 何処に? 貴方の帰る所は、何処にあるのですか? 」




 「お、前…! 」




 「貴方は、導き手の素質があるのです。しかも、2枠もの。貴方のような人材を逃すなんて、私には到底できませんね」






 その時の友人は、パーティに来た時と別の容姿だった。パーティの時の友人は、緑の髪だったはずなのに、今度は水色の髪にポニーテール。






 「貴方は、何を選びますか? 貴方は、思いませんか? 力をつけたいと。私たちが嫌いだとしても、私達を討伐したいと思っても。力をつけなくてはなりません。教団に来てください。1番貴方が、力を付けられる場所でしょう。


 私達魔術神秘教団は、貴方のような人材を必要としています。貴方を、必要としています。だから、お願いします。貴方を必要をしているのは、貴方が役に立てるのは、ここしかないのですから」

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