ページ70『反発者は嘆く』

「シアルって、何者なの? 」






 この時まで、ずっと聞きたかった。内心では、ずっと思っていたことだけど、あえて聞かないようにしていた。シアルが嫌がるのは、知っていたから。いくら鈍感、天然と言われても、それくらいは察せる。


 でもやっぱり、いつかは聞いておかなくてはならない。シアルは大切な仲間で、大切なリーダーで、今でもとても大切だ。だから、シアルの隠している何かを知らなくても、別に大丈夫。シアルに対して、何か変わる訳では無い。


 でも、シアルの隠している何かを聞くことで、シアルに対する信頼度が変わる。どんな隠し事でも、話してくれたという事実によって、よリシアルを信用出来て、ついていける。






 「ずっと、聞かなかったけど…聞かない方が、いいかと思ってたから」




 「いつか、言わなきゃならなかったんだろうねー」






 シアルは纏めようとしている荷物を一旦その場に置いて、壁にもたれた。






 「ケプナスは? 」




 「寝てるよ…」




 「なら、ハプだけに話すよ。…僕を嫌いにならないかい? 」




 「シアルのこと、嫌いになるはずがないじゃない。それくらいの覚悟は出来てる。シアルが必死に穂羽達に隠してきたんだもん。きっと、隠してきた時間と同じくらいに、大切なことだから」






 ハプは真剣な表情でシアルと向き合った。


 シアルはそれを見て、やれやれとでも言っているかのような表情で、腕を組む。






 「断りようがないよー。君のような純粋で正直で素直な優しい子のリーダーが、隠し事ばかりなんて務まらない。


 全てを…話そうか」




 「全てじゃなくていい。無理に聞き出すようなことはしないよ。シアルが、苦しんだらとっても嫌だから」




 「そういう風に言うから、全部言わないと申し訳ないんだよ。じゃあ、改めてだけど、僕はシアル・キャリソンだ。『英雄組』の1人、アルロット・キャリソンの血筋、星五貴族、本家の長男。そして、国際魔術協力連盟の連盟長セレイン・キャリソンの兄で、チームソルビ市のリーダーだ。そして」




 「うん…」






 シアルは、ハプに対して、分かりきった自己紹介をする。それからシアルは大きく1回深呼吸をして、胸に手を当てて、口を開いた。






 「…そして、僕は魔術神秘教団第7の導き手『時間の観望者―現在―』…いや、今は『時間の観望者―現在―』、『時間の観望者―未来―、―過去―』代理、シアル・キャリソンだ」




 「…え? 」




 「…ナルの、過去公開ショー。よく思い出してよ。『俯いて、顔の見えないままで、3人に言った』」




 「3…人…」




 「リナと、ナルと…あと一人は? 」






 そうだ。あの時は緊張感から、聞き流していた。『友人』の存在に気を取られ、耳に入っていなかった数字。『2』ではなく『3』の数字。






 「他にも思い出してよ。これも、公開ショー。僕の時間停止が、リナとナルには効いてない」






 ケプナスの聞いてきた弱点によると、時間の観望者の能力は、同じ系統の能力…つまり、同じ時間の観望者には効き目がない。その人の未来を見ることも、過去を見ることもできず。その人の時間を、現在のままで切り取ることも出来ず。




 考えたこともなかった。考えようともしないし、可能性も考えないから、思いつくこともなかった。


 でもこうして考えてみると、当てはまるところがこんなにもある。






 「あの時僕は、セレインに襲いかかる炎を止めようとして、気絶した。セレインは1人で逃げた。なら僕は、その場に倒れているはずなんだ。倒れていたなら…僕は、死んでいるはずだよね」






 シアルを運んだのは、友人。その解釈で間違いないだろう。シアルは、偶に呟いている。『僕の罪』という言葉を。






 「元々は『現在』の称号だけを持っていた。でも、ナルが未来代理になり、そのナルは最後に言った」






『そしてナルはもう、この役目は引き渡すの』






 「あれはきっと、僕の捉えている意味で間違いないと思う」




 「シアルはどうして…教団を抜けないの? 」




 「これもナルに聞いたはずだ。1度でも教団として活動してしまうと、脱退は不可能」






 シアルは何もしていないと思いながらも、ハプは聞いた。「何をしたの」と。






 「当初は、唯の異教団だと思ってたからね。身寄りもなかったし、セレインがどこにいるかもわからなかったから、ちょっとした手伝いだよ」




 「良かったぁ…」




 「うん…手伝いと言っても、今思えば最悪だ。僕があそこで初めて会った導き手は、リナとナル以外であいつだ…ケミキル・バント。神に渡す供物的な者を捕えるための罠を作るのを手伝って欲しいって言われてね…。あの頃は、動物か何かかと思ってたから…」




 「シアルは悪くない! シアルはいい人だよ! 穂羽はシアルが好きだよ! 」






 それを聞いて、シアルは苦笑いをする。ハプは、動揺を隠すことなんて出来なかったけど、それは絶望の動揺ではない。ただ、驚いただけだ。






 「僕が教団に反発しようと思ったのは…あいつと関わる内に聞いた、教団の目的のひとつだ」




 「それって…? 」






 シアルは目を瞑り、唾を飲み込んだ。






 「マジシャン家、スルーリー家、コリア家、ゆーぴぃー家の殲滅。これだ。理由は分からない。でも、その3つの家系の誰かを見つけたら、見つけ次第殺さなければならない…これだ」




 「…だから、あの人はケプナスを…! なら、シアルは殺してないから、ルール違反に…」




 「ある程度までは、スルーも許される」




 「…なら、協力してるのは」




 「完全なる、規律違反だ。別にいい。規律違反をしたからって、何になるんだ。僕が君達と一緒にいることなんて、『友人』くらいしか知らないだろう。だからあいつも昨日、普通に接していた。いつか、友人も来るはずだ。注意喚起のために。でも、僕は教団を抜けられない。だから、規律を破るんだ」






 穂羽なら、出来ない。ハプはそう思った。だって、






 「…活動しなくても、わざわざ穂羽達と関わらなくてもいいじゃない! シアルが、危険だよ…危ないよ…」




 「僕が守らなかったら、誰が君達を守るんだ。教団のことを知っている人なんて、教団の関係者くらいしかいない。だから僕は進んで、ここのリーダーになった。マジシャン家は、トムガノにあって、連盟、つまりセレインの保護下にある。まぁ、今は危うい状況だけど…。コリア家はどこにいるかも分からない。なら僕は、君たちを守るべきだ 」






 シアルは、勇気のある人だ。ハプに対して、優しい優しいって言ってくるけど、シアルも、とーっても優しい。


 でも、一つだけ。この一つだけを、やめて欲しい。






 「…シアルはやっぱり昔からずっと、自分を犠牲にするんだね」




 「…え? 」




 「シアルが穂羽達を守りたいように、シアルが穂羽達を守りたいと思ってくれるくらい大切なように、穂羽達もシアルが大切だよ。そんなに大切に思ってくれる人が、大切じゃないわけないじゃない」






 シアルは黙って、ハプの目を見た。






 「穂羽、シアルよりもとっても弱い。ケプナスだって。でもね、役にはたてるの。背の低い人って、背の高い人には見えない場所が見えるでしょう。弱い人は、強い人には、出来ないことが出来るんだから」




 「…君達を、頼れと? 僕が? 駄目だ、僕のこれは、僕のために…」




 「それはもう、効きません。穂羽は変わりました。人のことばっかり気にする穂羽じゃないんだから。ルールばっかりのいい子じゃないんだから。穂羽はシアルに頼って欲しいです。無理にでも言います。穂羽はしつこいです。今の穂羽は、悪い子です」






 ハプはニヤリと笑った。その顔は、勝ち誇ったような笑顔だった。元気で、調子に乗った、ケプナスのような。


 シアルは目を擦り、わざとじゃない笑顔を作る。初めて見せた、本当のシアルの笑顔。






 「話すよ、君には。僕の過去を全て」

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