ページ69『狂人は騙る』

プルルルルル




 シアルの電話の着信音がなった。


 そこには、こう書いてあった。




『ソルビ市市立総合病院』




 1度目、ケプナスの診察に行き、危うく殺されかけた病院だ。名前をまだ知らない、ケプナスを殺そうとした医者のいる病院。






 「おそらく、あいつが電話をかけてきた。僕の電話番号知ってるのかよ…」




 「シアル…」






 シアルはスマートフォンを手に取り、耳に当てる。何を話しているのかは、ハプには聞こえない。






 「…なんの用? 」






 シアルは険しい顔になった。電話の相手も、シアルを知っている。もちろんシアルも、電話の相手を知っている。シアルは、不思議な人だ。


 未だによく分からない。魔術神秘教団に恨みを持っているのは、リナとナルのせいなのだと思っていた。でも、リナとナルを倒した今も、シアルは教団を滅ぼそうとしている。


『友人』を倒すためなのか? それとも、他にも何か、因縁深い事があるのだろうか。何か、止めたい目的があるのかもしれない。でも、ならシアルはなんでその目的を知っているのだろう。




 でも、今はそうじゃない。電話の相手だ。シアルの電話番号を知っている理由も気になる。






 「僕に用はない? なら、なんでかなー? 」






 ケプナスは、隣ですやすや寝ている。






 「スルーリー家の長男…ハプの事か!? ハプと…話が…したい? 」




 「え…」






 ハプは座っている椅子から落ちそうになる。






 「何故! ハプと話して何を吹き込む気!? 」




 「待って、シアル! 」




 「は、ハプ…。どうしたのかなー? 」






 シアルは1度、電話を耳から離す。






 「穂羽、大丈夫です。ちょっと話すくらい大丈夫だし、お話もしてみたい。だから、お願いします」




 「…何を言われるか分からないよー? 」




 「大丈夫! だから…代わって! 」






 ハプは、シアルの手からスマートフォンを払い取る。






 「ハプ! 」




 「もしもし! ハプ・スルーリーです! お電話代わりました…っ」




『あれぇ、ちゃんと出てくれるんだ。物分りいいねぇ』




 「うん…なんの用? 穂羽は、最低限の会話しかしないよ。危ないと思ったら、すぐ切るから」




『電話越しに殺すとか出来ないから、そんな事しないって。精々脅迫くらい? 』






 へらへらと、真剣味の薄れる声で、相手は話しかけてきた。






 「貴方は…誰ですか」






 もしかして、と思い、ハプはたずねる。ハプの予想が当たっていれば…平凡だった日常は、また平凡ではなくなる。お願い、唯の少しだけ反発的な、極普通の魔術師であってくれ…。






『ん? いいよいいよ? そのために電話かけたんだし』






 でも、その願いが叶わないことは、初めから知っていた。




 シアルを知っている。


 シアルが知っている。




 だから、きっと予想は当たってる。






『電話越しだけど、初めまして〜。僕は、魔術神秘教団、第6の導き手『神体の管理者』ケミキル・バント』






 カラン


 ハプの右手からスマートフォンが滑り落ち、音を立てる。


 後で気がついて即座に拾い、もう一度耳に当てる。


 確定した、日常は崩れる。


 大方予想は当たっていた。相手は魔術神秘教団、しかも導き手。


 最悪だ、出来れば関わりたくないと思っていた。なぜ、こんなに絡んでくるのだろうか。






 「そう…第6の導き手さん。穂羽に、何の用ですか? 」




『いや? 近々殺しに行くよって話』




 「殺…っ、穂羽、そう簡単に殺られないんだから! それに、そんなに軽い気持ちで人を殺しちゃ駄目っ…! 」




『ん? 良い子のつもり? 残念、それが僕の役目でしたー。神体の管理者である僕の役目は、神…つまりだけど、魔術神の存在の維持って感じなんだけどね』




 「魔術神…!それって、何者なの…! 」






 ハプは、徐々に焦りながら電話に向かって叫ぶ。相手の声は、平然としていた。






『さぁ? 神様でしょ? 名前の通り。で、その維持の為になんでもいいから生命エネルギー的な物に変換できる供物的なものを与えとくのが僕の役目。それで、思うんだよね。生命エネルギーってやっぱ、生命そのものを与えるのが1番効率いいよね? ってさ』




 「生命…そのもの…! 」




『そうそう。だって考えてもみなよ。なんかよく分かんない物与えたら、その物質を生命エネルギーに変換するのに時間と体力とエネルギーを使うから、最終的には通常より多くのエネルギーが必要になる』




 「だからって…! 」




『ならなら、命そのものを渡しとけば、そのままエネルギーに変換できるじゃん? というか、変換の必要もない。入れ込んどきゃそれで終わり。効率も良くて、時間もかからない。僕の時間も神の時間も奪われなくて、ウィン・ウィンの関係。ど? 』






 導き手、ケミキル・バントが言っているのは、つまりこういうことだ。


 神の体を維持するために、生命エネルギーを与えるのが自分の役目。そのエネルギーを与えるのに1番効率がいい方法が、命そのものを与えること。つまり、人間を生贄にするということだ。


 自分の時間と、効率の為に。




 瞬時にわかった、この人とは仲良くなれない。話すだけでも、苛立ってしまうだろう。




 何より、相手の態度だ。ケミキルは、この話をする時に、へらへらと屈託なく笑いながら話す。まるで、友達と遊ぶ予定を決めるように。




 ナルが言っていた。




『この教団の導き手は、異常者しかいないのだと錯覚していた』




 と。






 「ナルの錯覚、錯覚じゃなくて事実かも…」




『ん? ナル? あー、過去ちゃんか。君達が殺したんだって? 凄いじゃん? 有難く使わせてもらったよ』




 「使わせて…? 」




『うん、僕解剖学が結構得意でさ? 趣味なんだよね? 結構丁度良くてさ? 神に渡すのはエネルギーだけで大丈夫だから、残った抜け殻は僕が貰えるわけ。さっきも言ったけど、僕解剖とかが趣味だから。だからこの立場も喜んで引き受けたんだよね? 』






 ハプの、スマートフォンを持つ手が震える。






 「じゃあ、ナルは…? 」




『察しが悪いなぁ、もちろん供物として利用させて貰ったよ。死んだ後も信仰対象の役にたてるんだ、最高じゃん』




 「…もう、雑談はいいです。何が目的」




『さっきも言ったよね、君達を殺すよ。あ、殺されたくないとか思う? なら、マジシャン家の居場所教えてよ。そしたら、君達は殺さない。今はね』




 「いずれ殺すんでしょう、それくらいは分かります。そんなに鈍感じゃありませんから。穂羽は、マジシャン家の居場所を知っています。その上で教えません。穂羽達が助かっても、あの子達が死んでしまうから」






 電話の向こうで、ケミキルは馬鹿にしたように笑った。ハプは目つきを変える。






『別に仲間でもないやつに死んで欲しくないからって、自分を犠牲にするかぁ。理解できないな』




 「穂羽には、貴方の方が理解できない。どうして、人を殺すのを楽しむの。どうして、穂羽達を殺そうとするの」




『シアルに聞けば? 仲良いんだろ。僕のことなら、大体知ってるはずだし? ま、この電話で現在位置は特定出来た。ありがとー。じゃね。君が自分を犠牲にしても、いずれマジシャン家も殺すけど』






 プツ、ツー、ツー、ツー。




 電話は切れた。ハプは無言で、シアルにスマートフォンを返す。






 「…何、言われたのかなー? 」




 「いずれ、ここに殺しにくるよ。場所を変えた方がいいかもしれない」




 「そうか、なら…移動の準備を…」




 「待って、シアル」






 ハプは荷物を纏めようとするシアルの袖を掴む。






 「何かなー」






 ハプは聞く。ずっと尋ねたかったことを。






 「あの人はシアルを知っていた。シアルもあの人を知っていた。あの人は、シアルがほとんどを知っていると言っていた。だからね…いい加減に、教えて欲しい」






 ハプが唾を呑み込むのと同時に、ハプは拳を握りしめた。






 「シアルって、何者なの? 」

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