ページ61『友情という包み込み』

差し伸べられた手と相手の姿を交互に見つめながら、呆然としていた。

あまりにも急すぎる出来事に頭の理解が追いつかず、焦った。

隣を見ると、ナルも同じように焦っていた。



「あなたは……」



騒めく沢山の大人、声をかけられた私たち。

こんなにも大勢の人がいながら、1番初めに声を上げたのは、最年少のセレインだった。



「あなたは……何をするために、ここに来たんですか? お迎えなんて頼んでいないのに、どうしてお迎えに来たんですか? 」



怯えてはいたが、しっかりとした態度だった。引け目を取らないよう、決して油断することなく、常に相手を警戒し。



「何もないのなら、おひきとり願います。私たちは、大切なパーティーをしているんです。これは、私たちのおうちの、大切な行事なんです。じゃまをすることは、いけないことです」


「とても、勇敢なお嬢様ですね。大丈夫、この方々はキャリソン家、またはその関係者。我々魔術神秘教団が、危害を加えるはずもありません」



口元には笑みが浮かんでいて、何を考えているのかわからなかった。セレインは相手を睨みつけていた。


私は、怖いと思っていた。正直急すぎて、理解できなかったし。

対抗したら殺されるかもしれないとも思ったから、対抗することは無かった。

もし殺されたら、せっかくのナルとの約束も全て無しになってしまう。

やっとこれからナルとずっと一緒にいられるようになるのに、ここで死んでしまっては元も子も無い。


そもそも、魔術神秘教団とはなんなのか。それが疑問で仕方ない。

急に現れて急に迎えに来たと言われて、危害を加えないと言われても信頼出来るはずがない。

考えていると、思っていることを、シアルが言い出した。


武器を相手に突き立てて、ここに来た目的と、何をすることでここから帰ってくれるのかどうか。

もし無意味な訪問なのならば、今すぐに帰還すること。それが出来ない場合、自分が対応する、と。



「素敵。貴方はとても勇敢で、行動力がある。この急な状況で即座に動揺を抑え、私に対して対応した。貴重な人材ですね」


「質問に答えてない! 僕が聞いたのは、僕に対する評価じゃない。何がしたい。何をするためにここにきた? 目的を告げろ! 」



それだけ言うと、ローブの女性は、やっと自分の目的を話し始めた。

「確かに、何も言わずに理解してもらおうなんて、少しわがままがすぎましたね」と続けて。


相手の目的は、『第7の導き手』を迎えに来ること。話によると、相手は『魔術神秘教団』という組織の一員らしい。

聞かされたことによると、私は『時間の観望者―未来―』としての素質を持っている。

今まで固有魔法だと考えていたそれは、固有特権という、魔術神に与えられた能力だったらしい。



「なら……」



ナルが口を開いた。



「なら、ナルには固有魔法も、固有能力も無いの? この過去を見る力が固有特権なのだとすれば、ナルは……」


「それはきっと、貴方に真の生き甲斐がなかったからなのでしょう。これから生き甲斐を見つけていけば、その生き甲斐にそった固有魔法が生まれると、私は思いますよ」


「…リナは、どうしたいの? 」



ナルはリナに聞いた。ナルの選択は、私にかかっている。


私は、相手のことが計り知れなかった。誰もがそうだ。魔術神秘教団というのはつまり、宗教だ。この世界の全ての人は、ニート・スペリクルを信仰しているはず。


つまり、キャリソン家も。


そんな私が、そんな宗教に入ることなんて、両親が許すはずがない。

でも、それと同時に、思った。

この人は、周りの意見に囚われず、新たな可能性を見つけ出そうとしている。

「魔術神」という、新たな可能性を。


素晴らしい。



「魔術神秘教団は、殆どの人々は知り得ることのない集団。『目的』を果たしてくれるのならば、なんだってしていい自由の空間。

でもその分、対抗者も現れるのです。

――自由があれば、不自由もある。それはどちらも同じでしょう。

でも、自由と不自由、つまり。

希望と絶望が変化する時に、より大きな変化を楽しめる『人生』を歩めるのは、どちらにつくことだと、貴方は思いますか? 」



変わらずの表情で両手を広げ、リナに問いかける。


ずる賢い人だ。


そんなの、そっちに決まってるじゃないか。



「1つ、条件があるわぁ」


「何なりと」


「貴方の力を証明しなさい。ここにいる、私とナルを除いた全員と、本気の決闘をしなさい。それで勝つことが出来たのなら、私はあなたにつきましょう。

――殺しても、構わないわぁ」



薄笑いを浮かべたことが、それを許可した証明だった。それを見た参加者達も、戦闘態勢に入った。

シアル、セレインもだ。



「少しばかり、気が引けますね。しかし、それだけでまた、導き手が1枠埋まるのであれば。了承しましょう。全く、キャリソン家は、葬る対象には入っていないというのに」



次の瞬間から、戦闘が始まった。

私は、とんでもない人と出会ってしまったのだと確信した。

この人とは、絶対に戦いたくないと。

その人は、その場からは動いていなかった。まず手を開いて前に突き出すと、1番遠くに離れている数名が、跡形もなく消え去った。

しかしそれはよく見ると、存在を消失させたという訳では無い。

見えないくらい粉々に、一瞬で砕き割られた。


その場にいた人々は動揺した。もちろん、リナも、ナルも。

シアルも、セレインも。シアルは杖の真ん中に着いている水色の宝石を掴んだ。



「《停止》! 」



すると周りの人、物、生物は全て灰色になり、動きが無くなった。

シアルと、リナとナル。それから、ローブの女性を除いて。



「なんで……効かないの!? 」


「タイミングは完璧。戦術も素晴らしい。貴方に足りなかったのは、相手の力量を見計らう洞察力でしょうかね」


「余計なお世話だよ! 」


「そうですか、それは失礼致しました。ですが、貴方の能力は私には効きません。貴方の従兄弟である、この方々にも」



リナはその場で立ち尽くして、見守っていた。自分でこの争いを産んでおきながら、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


灰色の空間は無くなり、シアルはもう一度杖を向けた。女性はシアルには攻撃をすることが無く、浮遊術で浮かび上がった。



「時間が無いので、簡潔に」



全方位から金色の光線が飛び交った。その全てを操作しているのは、空に浮かび上がった女性。


もう、いい。力は十分以上に証明された。

止めようかな、とも思ったけど、見ていることを選択した。

高レベルのその戦闘を。


光線が当たった場所には火が付いて、ある程度燃え広がったところで、女性は会場全体に適度な風を吹かせる。火は燃え広がっていき、やがてその会場を包み込む炎となる。



「お父様、お母様……! 」



シアルがセレインを守りながら外に連れ出そうとすると、セレインは炎の中に手を伸ばす。



「セレイン、生きてくれ。お願いだから! こいつのことを、こいつらのことを、外に伝えてくれ。君ならできる、お願いだ。僕が今から一斉に、炎を退ける。僕の力量では、それは一瞬だから。その間に、走って。そこの出口だけを見て、走れ。後ろを振り返るな、僕を見るな。

さぁ、行って……! 」



セレインは涙を流し、汗を流しながら、炎の中を駆け抜けて行っていた。

それから先は、セレインを見ていない。でも、炎が落ち着いてきた時に。外から聞こえてきた叫び声は、今でも鮮明に覚えている。

泣き声混じりの、叫び声。



「返して、返してください! 父様を返して、母様を返して! 叔父様も叔母様も、みんな返して! 名前は覚えました、魔術神秘教団。いつか連れ戻す。私が連れ戻す。まだ信じていますよ、リナ様、ナル様……! いつか私が、迎えに行きます。それまで、待っていてください! 」



私が持ち出した状況なのに、セレインはそう言った。私を信じていた。


ああ、なんて愚かなんだ。



「『友人』と言いましたね。貴方は使徒の、導き手の友人であって。

私に、世界一憎まれている人間です」

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