ページ59『人生の地図』
「参りましょう、過去公開ショー」
部屋はその空間に包まれ、その部屋全体に、そこ過去は、映し出された。
◇◆◇◆◇
ナルは、リナと双子だった。
つまり、同じ時期に産まれていた。
同じ時期に産まれているのに、『どちらが上か』『どちらが下か』なんて、どうして決める必要があるのだろうか。
ナルは、『下の子』だった。
リナは、姉だった。
でも、ナルはリナとは、ほとんど話したことがなかった。
だって、別々に育てられていたのだから。
キャリソン家の本家は、シアル達の家。つまり、ナル達の家は、キャリソン家の分家。
その分家の『跡継ぎ』は、『上の子』であるリナだ。
リナは、父と母に育てられた。
実の両親に、愛情を込めて育てられた。将来に役に立つことを沢山教えてもらったり、好きなものを買ってもらったり。
幸せそうだな、と思って、遠くの部屋から見ていた。
ナルは、使用人に育てられた。
ナルは将来、リナの付き添いになると決まっていた。
礼儀作法を教えられたり、いざと言う時の武術を教えられたり、勉強を教えられたり。
決して、愛情を込めて育てられることは、なかった。
リナが羨ましいなんて、そんなことはなかった。
元々、決められた運命なのだから。
ナルはリナの隣に居られるために、何もかもを学ばなければならないと、その事しか考えてなかった。
でも、リナのことが好きだとは思わなかった。
ほとんど顔を合わせず、ほとんど話さない。
そんな相手を好きになることなんて、誰にできたのであろうか。
ナルは生まれつき、『固有特権』を持っていた。
固有特権を使うと、ほかの人の過去を見ることができた。
何もすることがない時は、勝手に人の過去を覗き見た。
色々な過去があった。
楽しそうな過去、悲しそうな過去、苦しい過去、輝かしい過去。
ひとつの過去の中にも、色々な出来事があった。
喜んだり、落ち込んだり、人生は色々な変化をしていた。
――色々な色が付いていた。
そんな過去を見る度に、思う。
ナルの人生には、色がない。
生まれた時から未来が決められていて、そのためだけに生きる。
愛情も注がれず、知識だけは蓄えられて、心には大きな空白が出来上がる。
そこに色を付けたいなんて、そこの空白を埋めたいなんて、思うことも、なかったのだけど。
◇◆◇◆◇
リナは、ナルと双子だった。
同じ時期に産まれているのに、『どちらが上か』『どちらが下か』なんて、どうして決める必要があるのだろうか。
リナは、『上の子』だった。
ナルが、妹だった。
ナルを見たことがあるのは、大きなパーティなど、家全体での行事の時だけだった。
その時だって、話したことは無かった。
初めての面会の時に、少し挨拶をしたことは覚えている。
他には、ほとんど話していないだろう。
リナは将来、家の跡継ぎになると決まっていた。両親は、優しかった。何でも買ってくれたし、何でもしてくれた。
勉強や魔術も分かりやすく教えてくれるし、今思えば、両親なりに愛情を注いで育ててきたのかもしれない。
でも、なんだかつまらなかった。好きなことをして生きてきたのに、何故かつまらなかった。
リナは生まれつき、固有特権を持っていた。固有特権を使うと、他の人の未来を見ることが出来る。
人生は、山あり谷ありだった。
いいこともあれば、悪いことがある。悪いことが続いても、少しはいいことがある。
絶望と希望が繰り返され、色の付いた人生が出来ていた。
そんな未来を見る度に、思う。
リナの人生には、色がない。
人間の素晴らしい瞬間は、希望から絶望へ、絶望から希望へと、人生が揺れ動いた時だ。
人生には、絶望があってことなのだ。
しかし、リナの人生は、『思い通りに進みすぎていた』のだ。
これが欲しいと思えばそれは手に入り、あれがしたいと願えばいつの間にか出来ていて。
何も無い、揺れ動かない。
そんなの、面白くなんかない。
つまらない、つまらない、人生だ。
ナルの様子を除くことが、稀にあった。ナルには、自由が少なかった。
自由が少なくて、縛られ続けていた。
そんなナルを、可哀想だと思っていた。自分の元に来たら、沢山甘やかしてあげようと。
でも、少し。
ほんの少しだけ。
羨ましいと、思っていた。
◇◆◇◆◇
ぽっかりと穴を開けたまま、心に穴を開けたまま。
どんどん、成長して行った。
生きている意味はあったから、それに向かって進むだけ。
寂しくはなかった。苦しくもなかった。悲しくもなかった。
でも、楽しくもなかった。
そんな日々も、終わりに近づいて行った。
育ての親の使用人に、1週間後に正式にリナとの面会がある、と話された。
そのために、色々なことを勉強し、リナと会っても何も問題を起こさないように色々な練習をした。
リナと会うことに、緊張感なんてなかった。
何かが変わるという期待もなかったし、リナを好きになるなんて思っても見なかった。
◇◆◇◆◇
平坦な人生をずっと、歩んでいた。
そのままで、成長して行った。
自分の人生がわからずに、ずっと、ずっと。迷いながら。
寂しくはなかった。苦しくもなかった。悲しくもなかった。
でも、楽しくもなかった。
そんな日々に、変化が訪れようとしていた。
父親に、1週間後にナルとの正式な面会がある、と話された。
決めていたように、色々なことをしてあげようと思っていた。ナルはどんな子なんだろうと、気になってもいた。
ナルと会ったら、人生についても、聞こうと思っていた。
ナルと会うことに、緊張感なんてなかった。
あんなに大切に思うなんて、あんなにしたって貰えるなんて、思ってもいなかった。
◇◆◇◆◇
その日、ナルの全てが変わった。
その日、ナルの人生が変わった。
生きている意味はかわらなくても、それを楽しいと思えるようになった。
こんなにしっかりとリナと話したのは、初めてだっただろう。
2人でしばらく話していると、リナは付き添いに、『2人だけにして』と言った。
2人だけになって、何か話題を持ち出さなければ、と考えた。
しかし、それより前に、リナの方から話してきた。
「貴方の人生は、楽しいのぉ? 」
その一言だった。急に、それを聞いてきた。
少し驚いたが、思ったままに答えようと、そう思った。
「特に、楽しくないの」
それが、本音だったから。
◇◆◇◆◇
気になっていたことを聞いた。自由がないのは、楽しいのか。困難だらけなのは、楽しいのか。
でも、ナルから返ってきた言葉は。
「特に、楽しくないの」
本音なんだろうと思った。誤魔化しているようにも、思えなかった。
◇◆◇◆◇
それだけを答えたら、しばらく沈黙が続いた。リナは何かを考えているようで、ナルはそれを見つめていた。
すると、リナが急に口を開いた。
「ねぇ、知ってる? ナル」
リナは、そっと頬に手を当ててきた。
「絶望だと思っていた現在なのに、希望の未来を迎えた時。人間はとても素晴らしい感情を抱くの」
急に何かを言い始めたと思えば、訳の分からないことを言っていた。
「でもね、ナル」
微笑んで、その手を下におろして、自分の膝に当てた。
「人間の最も素晴らしい瞬間は、絶望だと思っていた時から、待っていた未来が、絶望だった、時なのよぉ」
言っている意味は、よくわからなかった。
「よく、分からないの」
「ええ、そうねぇ。私にもよく分からない。だって、私もあなたも、ずっと味わっていないはずよ。人生の、素晴らしい瞬間なんてねぇ」
それからリナは真っ直ぐに立ち上がった。それから手を取って、言われた。
「探しましょう? その瞬間を。見つけましょう? 私達の人生を。あなたも私も知らないような、素晴らしい人生を。ずっと真っ直ぐだった私達の人生の地図に、曲がり道を作らない? 」
「……よく、分からないの」
「私もよぉ。でもきっと、じきにわかるわぁ。私はあなたと出会い、あなたは私と出会う。それが人生の曲がり角。
2人はそれぞれ、足りていない。足りていない部分を足しあって、2人で地図を作りましょう。
私たちの人生は、2人でひとつ。
どーお?面白いと思わないかしらぁ?」
心に、大きな穴が空いていたら。
何も貰えず、何も無く。
何も入っていない、大きな穴が。
心の殆どに、穴が空いていたら。
その心に何か一つ、一つだけでも、とても大きな物が入ってきたら。
その穴はそれで埋めつくされ、心はそれで埋めつくされる。
大切な、それで。
大好きな、それで。
生きがいである、それで。
「リナ……だーいすきなの」
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