ページ58『道化師は嗤う』
「い゛___っ! 」
「いだいだなのでふ! 」
2人は突き刺され、上手く声も出せない状態で、叫んだ。
「ケプナス、ゆぴ……う」
ハプは立ち上がろうとするが、まだ傷が完全に治りきっていない。
ナルは笑う。悪魔のように。
___道化師のように。
「《動揺……増幅》♪」
「あ……」
ナルは、同じように。部屋全体を大回りして、エイ以外の全員を切り裂いた。
『ケプナスとゆぴが致命傷を負った』
この事実によって動揺した皆の動揺を、ナルが《動揺感知》で感知して、それを《動揺増幅》で大きくする。
魔術師として未熟で、身体能力も、特別高い訳では無いナルだが。
この『動揺を増幅させる能力』によって、圧倒的有利な状況を作り出すことができていた。
今までもそうだ。今まで、過去の声を見せた後、その『お客様』が全員退場させられたのも。その能力があってこそ。
でも。
「ナルの能力が通じない、2人目を見つけたの……はぁ。困っちゃうの」
エイは、感情を『知らない』から、動揺なんてすることがない。知らないから、疑問に思うことはあれど、動揺することなどない。
心のどこにも元がないなら、それを膨らますことだってできるわけが無い。
「きもちわるーいの、天敵なの。思い出すから、やめて欲しいの」
「何を言ってるのか分からない、エイは誰とも違う。エイはエイ。それだけ、何回も、そう言ってるはず。
ケプナス、ゆぴ、やっぱりエイが戦った方が良さそう。休んでて、お願い」
エイは右手に、杖を出現させる。
それから目を細め、杖の十字架の先をナルに向かって突き付ける。
「エイ、本気で行くから___」
「いいの? ここは、4階なの」
ナルは背後にある『4階 パーティーホール』と書いてある表示を指さす。
そう、ここは4階だ。
エイが本気で戦うと、この建物は崩れ去るだろう。
そうなると、ナルだけではなく、この場にいる全員も瓦礫に押し潰されて重症、運が悪ければ死亡する可能性もある。
「壊さない方法だって…! 」
「あるの? 本当に? いわば『封印を解かれた』ばかりの状態のお前が、建物や味方にだけ害を与えずに、ナルだけに致命傷を負わせるレベルの大魔法を打てるの? それは幾らなんでも、不可能に近いというものなの」
エイはそれを聞いて、無言で杖の先をもう一度ナルに向ける。その先に複数個の魔法陣が平行に並び、その陣の中心を通って細い金色の光線が発射される。
その光は真っ直ぐにナルに向かい、ナルは危機を感じてシールドを発動する。
攻撃はシールドを容易く貫通し、ナルに直撃した。
「くっ……! なんなの、お前! 」
「大魔法を使ったら大変になる。なら、範囲の小さい魔法を使えばいい。エイ、それくらいはわかるよ。エイ、知らないことは多いけど、知ってることもあるし、考えれるんだよ」
「でももし、ナルが避けたら? このレベルだと、壁に激突したら、壁は崩れてしまうの」
「そんなことないもん。エイだって、まだ抑えれるし……」
エイがそう言って魔法陣を通して壁に細い光線を当てると、壁に当たる直前に大爆発し、壁は崩れていった。
「なんで……エイだって、できるもん」
エイはそう言って、もう1度壁に攻撃をぶつけようとする。
それを見て、背後からシアルがゆっくりと声をかけた。
「エイ……、ちょっと、落ち着こうかなー。もういいよ、僕が相手をする」
「でも、キミはケガ、してるんでしょ? ケガをしてたら、痛いんでしょ? それで、動くと、大変なんでしょ? なら、休んでた方がいいよ」
「……言いたくはないんだけどさー、ナルの言ってること、一応筋が通ってるんだよねー。君は、いわば強すぎるんだよ。君は強すぎるけど、その力を制御できない。わかってるんだろう? 」
シアルは立ち上がり、前に進もうとするが、その体はフラフラと倒れかけていた。
「シアル、危ないよ! シアルは行かない方がいい、いい加減にやめましょうよ! 自己犠牲なんて……」
ハプは自身に回復魔法をかけながら、シアルに向かって言った。
「穂羽なら、もう結構回復もした。ここはシアルじゃなくて、穂羽が行くべきなんだよ! 」
シアルはそれを聞き、目を細めて少しハプの方に振り向く。口元は、いつものように笑っていた。
「君は、傷は回復してるよねー。なんで、傷は回復したのかなー? 」
「え? それは……回復術を使ったから、だよ? 」
「だよねー? あの致命傷を、この短時間で回復させた。つまり、それだけ魔力を使ってるよねー? 傷が治っていても、魔力が足りなければ、元も子もないはずだよねー。
……そっちこそ、自己犠牲の道を歩もうとしてるんじゃないかなー? 」
「そう、だけど……」
ハプは歯を食いしばった。
シアルは拳を握りしめた。
2人はどちらも、仲間を傷つけたくないが為に、仲間を守りたいが為に、言い争っていた。
そんな話をしていると、二人の間にダガーが1本飛んできた。
その方向を見ると、呆れたような表情をしたナルが、ステージの上に立っていた。
「仲間同士の、醜い争いなんか、やめて欲しいの。お前達の争いを見たい人なんて、どこにもいないの」
ナルは追加で投げようとしていたダガーを、元々持っていたツアーの旗に戻した。
これにより、ナルには戦闘の意志がないことが証明されている。
「こうやって動いてるけど、ナルはもうそこまで動けないの。それは、事実なの。でもでも、殺される覚悟とかはできてないし、殺されるのはとーってもいやなの」
それからナルはその旗をほおり投げる。するとその旗は、シルクハットに変形した。
「だから、もしシアルかハプ。どちらかがナルに襲いかかって来た場合、襲いかかって来た方の過去を、この場で全体公開なの♪ 」
それを聞き、シアルとハプは1歩後ずさりをする。ナルは笑う。
「それは、やめて欲しいの。穂羽はちゃんと、ケプナスの『おにちゃーま』で居たいから」
「…それは、ほんとにやめて欲しいかなー。全体公開なんて、僕にとって地獄絵図でしかないからさー」
ハプは必死に、シアルは恐怖を隠して、そう言った。
「それでいいの。でも、ここは一旦休戦。ナルも戦う気分じゃないし、お前達もかなり負傷してるの」
ナルはシルクハットを被り、言う。
「リナは死んだ。でも、まだそこにいる。そうだとしても、リナはいないから、『時間の観望者』はナルなの。だから__」
部屋の明かりが、一斉に消える。ナルはシアルハットを右手に持ち、一礼した。
ナルの居るステージの中央は、スポットライトに照らされていた。
全員の中で、その行動が、リナと重なる。
「__ショーへようこそ」
ナルは微笑み、帽子を被り直す。
全員の中で、その笑顔が、リナと重なる。
「初めまして、お客様。
魔術神秘教団、第7の導き手。『時間の観望者―過去―』『時間の観望者―未来―』代理、ナル・キャリソン」
その言葉が、リナと重なる。
「始めましょう、『過去公開ショー』」
部屋にあかりが点いて。まわりには、黒い、宇宙のような空間が広がって。
「上映します、『リナ・キャリソン&ナル・キャリソン』」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます