ページ49『チャンスの再来』
___沈黙が、続いた。
ここに、この沈黙を破れる人など居たのだろうか。
居ない、当然だ。
ここに居るのは、常に冷静沈着としたペリィでもなければ、空気の読めないケプナスでもない。
『時間の観望者』は、自分の見た『笹野穂羽』の過去を思い返し、生まれて初めて、心の底から驚いている。
『ハプ・スルーリー』は、自分の見たくもない過去を見返して、『心の底では』悲しみにくれている。
でも、表情は、変えない。
笹野穂羽は、ハプ・スルーリーという、壊れることのない仮面を被っている。
仮面は、脆くて脆くて脆いもの。
素顔を隠した仮面は、すぐに壊れるもの。
___壊れない仮面は、その持ち主の心が、壊れているから壊れない。
無言、無言、無言。
無垢、無垢、無垢。
無力、無力、無力。
破れない沈黙は、2人の人間を、見えない『何か』で押しつぶす。
その沈黙を破ろうと、ナルが口を開く。少し震えながら、完全には仮面をかぶりきっていない状態で。騙しきれない状態で。
「___ミアという子は、最後までやり遂げるべきだったの。」
何を言っていいのか分からなくて、ナルは思うがまま、思ったことを言う。
但し、ハプと穂羽、その2人の関係については何も聞かずに。
「ホワのために役に立つと決めたら、最後まで役にたつべきだったの。」
先程まで『過去』のあった場所を見つめながら、ナルは独り言のようにつぶやく。
「そんなの、ダメだよ。」
これは、本音。穂羽とハプ、2人の本音。
「美愛ちゃんはあの時、自己犠牲じゃなくて。話し合いで解決するべきだったんだよ。」
これは、虚偽。ハプの本音。
そんなこと、違う。話し合いで解決するはずがない。
__美愛は、穂羽の役に立ちたいなんて思ったらいけなかった。
__美愛は、自分の意思に従って生きなくてはならなかった。
「尽くすと決めたら尽くし続ける。守ると決めたら守り続ける。大好きなら、それくらいは当然だと、ナルは思うの。」
___そんなのダメだよ。そんなことをして、ナルまで傷ついたらどうするの。もう、美愛ちゃんのような人を、見たくないのに。
「...さっきも言ったじゃない!ナルちゃんは大好きを馬鹿にしてる。そんなの、平和じゃない...!」
___違う、違う、そうじゃない。怒りたくなんかない。ナルちゃんは大好きを馬鹿にしてなんかいない。穂羽はただ、ナルちゃんに...。
「ナルなら、そうするの。自分がどうなってもいいから、リナにして欲しいことをするの。」
ナルは話しながら、だんだんいつも通りに戻ろうとする。
ハプは思う。
笹野穂羽が、邪魔だ。早くどこかに引っ込んで欲しい。
と。
ハプスルーリーは二重人格では無い。二重人格では無いのだが、人格がふたつある。
『ハプ・スルーリー』とは、『笹野穂羽』が仮面を被り、演技して、悲しみから、苦しみから、あんな過去の再来から。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げた姿だから。
穂羽は、逃げ続けている。
もう、あんなことになりたくないから。
もう、辛い思いをしたくないから。
もう、悲しい思いをしたくないから。
もう、友達を失いたくないから。
そのために、逃げ続けている。
自分を捨てて、逃げ続けている。
「ハプ。」
ナルはもういつも通りに戻り、ハプに話しかける。
ハプは「うん」と言ってナルの方に振り向く。
「これだけ、話を聞いておきたいの。それが終わったら、この話は終わりなの。」
「なに、かな。」
「これは、本当に君の過去なの?ナルがもし間違えたのだとすれば、1回攻撃していいの。」
そりゃあ当然だ。
だって、ナルが見せようとしていたのは、みようとしていたのはハプスルーリーの過去。
ハプスルーリーという、有名な家系の星五貴族の過去を見ようとしたのだ。
なのに、いざ見ようとして出てきたのは全く知らない笹野穂羽の過去。全く知らない別の世界の、全く知らない別人の過去。
こんなの、ペリィでも動揺するだろう。
「...あってるよ。これは、ほわの過去。違うけど、そうなの。ほわは元々異世界の人だったの。死んじゃって、今ここにいるだけ。」
ハプは心を痛めながら話す。
信頼出来る仲間ならまだしも、宿敵にこのことを話すことになろうとは。
__いや、この方が良かったのかもしれない。
仲間に話すより、なぜか。
なぜなのか、話せるから。
それを聞くとナルは頷き、次の瞬間には何事もなかったように話し出す。
「そういえば、忘れていたことがあるの。ツアーの「参加特典」を渡さなければならないの。」
ナルは手を叩き、笑顔になる。
ハプは首をかしげる。
「参加...特典?」
「そうなの。ナルの『過去探検ツアー』に参加してくれた人には、参加特典を配るの。よくある、参加賞みたいなものなの。お土産...と言ってもいいの。」
「へぇ...すごい。」
ナルはこの『過去探検ツアー』を、できるだけ本物のツアーに近い形にしている。それを見たハプは、かなり関心した。
「参加特典は、『過去の声』なの。その人の記憶の中の大切な人達の声を聞いて、話すことが出来るの。それが誰かはわからないけど、何人か居る人や1人だけの人、誰も居ない人。過去によっていろいろ変化するの。
その過去の持ち主が強くその人に何かを伝えたい場合とかには、喜ばれる特典なの。」
ナルは参加特典について説明した。
参加特典『過去の声』
もう一度話したい相手と、もう一度話すことが出来る。
その人の記憶から再現された、その人と。
穂羽は思った。
これがあれば、伝えられる。あやまれる。
両親に、どこに行ったのかも聞けるかもしれない。謝れるかもしれない。
柚希に、ごめんなさいと言えるかもしれない。あの時言えなかった言葉をもう一度、言えるチャンスがあるかもしれない。
美愛にも、言いたいことが沢山ある。伝えたいこと、謝りたいこと。そして、ありがとうと言いたい。
「うん。ありがとう。その参加特典。ほわ、今すぐ貰っていい?」
ハプは決意を固めた表情で、真っ直ぐにナルを見すえる。
「もちろんなの。今すぐに、プレゼントなの。」
ナルも同じように、決意を固めた表情で、こちらを見すえる。
それから手を前に出して、
「時間の観望者・過去、固有特権。
『過去の声』」
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