ページ47『笹野穂羽の不安』
「ほわほわ、柚希、じゃあ帰ろっか。」
「うん。」
美愛はランドセルを背負い、帰ろうとする。それに、柚希も返事をする。
「待ってねー。ちょっとほわ、こっちの物整理したい。ぐちゃぐちゃだから。
...もー。なんでみんなぐちゃぐちゃにするの。」
「流石ほわほわ、真面目ですごい!あ、ほわちゃん。今日はどの道通る?ほわちゃんが行きたいとこ行くよ。」
「そぉだねぇ...裏ルート行こう。あの裏道。あっちいった方が近いし。」
穂羽は整理をしながら話す。美愛はいつも、穂羽に帰る道を聞いてくる。そして、その日によって寄り道したり近道したり、色々な道を通って帰るのだ。
「うん、裏道だね。柚希ちゃんもおーけー?」
「う、うん。でも、あの道暗くて、今日はちょっと遅いし...危ないよ?」
「大丈夫だって!ほわほわがそっちって言ってるんだから、そっち。」
柚希は乗り気ではないようだったが、美愛に促されてしぶしぶ頷く。
「えーと、なんかごめんね、姫那さん。」
「い、いいの!笹野さん。」
2人はギクシャクした空気で話す。それを見て、少し困り顔になった美愛が言う。
「2人とも、さん付けやめない?ほら、友達なんだし?」
「さん付け...?んー、なら姫那ちゃん?」
「あー違う、そうじゃなくて。柚希ちゃん、て呼ぼうよ。柚希ちゃんはほわほわのこと、穂羽ちゃんて。その方が、友達ってぽくていいと思う。」
美愛は明るい笑顔で2人に提案する。穂羽と柚希は顔を見合わせ、少し躊躇いながらも言う。
「柚希ちゃん...うん、わかった。やってみる。」
「穂羽...ちゃん。」
「そうそう、そんな感じ!」
なれない呼び名で困惑しながらも、2人はそう呼びあった。
そんな日々が続くうち、穂羽はどんどん毎日が楽しく感じた。
●○●○●
でも、そんな楽しい毎日だって、終わりを告げる日はやってくる。何年か過ぎ去り、小学生高学年になった頃。
穂羽は変わらず真面目で、クラスの中でも大人しい、『いい子』だった。でも、みんながみんなそうではない。子供は成長し、自主性が生まれる。それから、人間の悪意だって、どんどん強くなってゆく。
そんな中でも、やはり穂羽は大人しい。ずっと真面目に授業を聞いて、ルールを守って。勉強もそこそこはできるし、宿題もちゃんと提出する。先生に怒られるようなことも少ない。
でも、大人しくて、いつも隅で読書をしているような穂羽。たまに美愛や柚希と話すこともあるが、穂羽はそんな生徒だった。
人と関わり過ぎるとトラブルも起こりやすい。それなら、離れて過ごした方がいい。そう、思っていたからだ。
でも、実際はそうではない。そんなことは関係ない。同じ教室にいる以上、穂羽だって、周りの人から見えるのだから。
穂羽は日に日に、学校を楽しいと思わなくなった。穂羽は虐められてなんかいなかった。いじめでは無いのに、辛かった。ずっと1人でいたから、一人ぼっち。なかなかみんなの輪に入ることができず、孤独だった。
辛いのは、苦しいのは、それだけじゃない。
常に気になっていた。自分を見つめるクラスメイトの、目が。
この前、噂を聞いた。この年頃の子供達は、好んで噂を流す。
その時、それを教えてくれたのは柚希だった。柚希も気弱な性格で、輪に入れない、同じようなタイプだったので、柚希とは話しやすかった。
柚希は言った。穂羽がいない間に、穂羽の変な噂が流されていたと。その噂は、やってもいないことだった。その内容はそんなに酷いものではないけど、みんなの『穂羽を見る目』を変える大きな力を持っている。
その時、柚希は言った。
「きっと、穂羽ちゃんがしっかりしてて、色々できて、羨ましいんじゃないかな...。」
穂羽はそれからも、気になることが沢山あった。無駄にクラスの男子が距離を取ってきたり、女子達が集まって横目で穂羽を見ながらコソコソ話をしていたり。
穂羽の話をしてないって思っても、気になってしまう。
「何の話、してたの?」
偶に勇気を出して、その輪の中に入ろうとする。穂羽を見てコソコソ話をしていたその輪の中に。
でも、返ってくる言葉は決まってる。
「あっ、笹野さん。なんでもないよー。」
そう、毎回そう言ってくる。なんで除け者みたいにするのかな。話してくれてもいいじゃない。
ならやっぱり、穂羽のことを話してたんだ。
「そっ...か。」
そう言いながらも、心の中では思うんだ。
――馬鹿にするならこっちに来いよ馬鹿。集団で罵ることしかできない奴らが、何穂羽をバカにしてんだよ。穂羽より勉強できないくせに。真面目に授業も受けないくせに。授業で何かあったらすぐに先生のことを裏で愚痴愚痴言うくせに。見てて、イライラする。
◇◆◇◆◇
そんな不安に、気がついてくれる友達がいた。美愛だ。美愛は明るくて、友達がたくさんいる。穂羽は思う。
――なんで、美愛は穂羽と話すのかな。
美愛はいつも、穂羽と話してくれる。他にも話す人はいるはずなのに。1回、それを聞いてみたことがある。その時、美愛は言った。
「んー?だって、穂羽ちゃんとわたしって親友でしょ?わたしの初めての友達だし!わたしさぁ、穂羽ちゃんのこと大好きなんだよね。なんつーか、ほかの人には悪いけど。ほかの友達とは一味違うカンジ?まー、なんか好きでさ、大切に思ってるわけよ。だからかな?」
美愛は言った。穂羽を親友だと、大切だと、大好きだと。穂羽がそれを聞いたのは、通学路。帰り道だった。
「しん、ゆう?」
「そそ、親友。駄目だった?最近、穂羽ちゃん色々抱えてるでしょ。話せばスッキリするかもよ。」
「で、でも...!」
穂羽は3つの気持ちで、話すことを拒もうとした。ひとつは、美愛に迷惑をかけたくなかったから。無駄に考え込ませて、迷惑をかけたくなかったから。2つ目は、正直言うと少し鬱陶しかったからだ。1人にしてくれた方が気が楽なのに、わざわざ距離を詰めてくるのは何故だろう。3つ目は、美愛を信じることが出来なかったから。相手は親友だって言っても、何故か信用できない。美愛に言ってその噂が広まって、また辛い思いをするのは嫌だった。
「でもじゃなくて...前も言ったけどさ、わたし穂羽ちゃんが大切なんだよね。だから心配に思うわけ。ほら、わたし力になりたいの。何があったのか話してよ。それから、わたしにして欲しいこと言って欲しいの。」
それなのに、美愛はずっと必死に、頼って欲しいと訴えてくる。大切だと唱えてくる。大好きだと叫んでくる。
穂羽になんか構ってくれなくていいのに。穂羽は一人ぼっちがお似合いなのに。
構わないでよ、1人にしてよ。
穂羽は、君たちが怖いのに。
そんなことを考えながらも、断るなんてできなかった。断ることすら、怖かった。断って、それが原因で変な噂が広まったり。そんなの嫌だ。断れない。
「え、えっとね...。」
穂羽は悩みの1部を話した。全部話すのは出来ないから、1部だけ話す。それで、満足してくれる。
穂羽は周りの人に噂されていたり、変な目で見つめられることが悲しくて、辛いと話した。すると美愛は真剣な表情で言った。
「そっか...辛いよね...。」
「.........うん。」
同情なんて要らない。馬鹿にしてるの?
――ウザイんだけど。
「なら、わたしになにかできること...じゃない、して欲しいこと!ないかな?穂羽ちゃんのためなら、なんでもするつもりなんだけどさぁ。」
「なんでも?ほんとになんでも出来るの?」
穂羽は不安で仕方ない。なんでもなんて、そんなに軽々しく出していい言葉ではない。信用できなくて、イラつきが隠せなかった。
「美愛ちゃんは、なんでも出来るの?」
「え?う、うん...。できなくても、やろうとする...。」
美愛は少し怒ったような穂羽の声に驚きながら言う。
「なら、穂羽が楽に学校生活を送れるようにしてよ。なんでも、してくれるんだよね?」
穂羽は1番の望みを美愛にぶつける。美愛はそれを聞いて、『任せて』とでも言っているような表情になる。
穂羽は『無理』と言ってくると思っていた。そのため、予想外の言葉に驚く。
「わかった。穂羽ちゃんが周りの目を気にしなくていいような生活が送れるように、わたしがしてみせる。わたし穂羽ちゃんの親友だから。大好きなほわちゃんのために、頑張るね。」
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