ページ43『希望と絶望』

ケプナスはその場に棒立ちし、考えた。そして浮かんだのが、その考えだった。



「つまり...。」


「魔術神秘教団の名前の由来を言おうとしてるのよね?」


「な、なんで分かったのです...。」


「いいじゃなーいの♪じゃっ、話を戻すわよぉ。固有特権っていうものはねぇ、魔術神秘教団の導き手になる資格で、魔術神秘教団の信仰対象である、魔術神に授けられた固有の魔法。その授けられる条件は、性格や趣味など、それにふさわしいと神が判断した人物であることよぉ。」


「...なるほど、だから固有魔法にも固有能力にも似てるって!ケプナス、理解出来たのです...。」


「ええ、そういうこと。まあ、趣味とかそういうのはぁ、生まれる前からは分からないわけだから。そういうもので決める場合は、生まれつきではないわねぇ。ちなみに『観望者』2人の固有特権は、生まれつきのものよぉ。」



リナはくるりと回転し、ケプナスの視線と同じ位置まで屈んで言った。



「それから、その肝心の私の固有特権についてなんだけど。」



ケプナスはゴクリと唾を飲む。

それが分かれば、何か対抗手段が分かるかもしれない。それが分かれば、ケプナスを捕らえ、自分に寂しい思いをさせた『魔術神秘教団』の『時間の観望者』を、討伐することが出来るかもしれない。



「...固有特権は、なんなのです?」


「簡単に言うと、その人の未来の行動を見る力、よ。ここまでは、予想出来ていたと思うわぁ。それに、シアルに聞けばすぐに分かるもの。」


「...は?すぐに分かるものを教えても、時間が無駄なだけなのです!」


「そうそう、その通りよ。大切なのはその先じゃないの。この固有特権について、もうちょびっとだけ、詳しく教えちゃう。見つけられちゃったから、特別よぉ♪」



ケプナスは目を見開き、心に誓う。

この情報を持ち帰って、チームの役に立つと。ケプナスだって役に立つと、認めてもらうと。



「この固有特権はねぇ、まず、誰かの、他人の行動しか見ることが出来ない。つまり、自分の未来は見ることが出来ないの。自分の身に何が起こるか、それを知ることはできないのよぉ。」



どんな便利な能力にも、必ず何か欠点はある。完璧な能力は、この世には存在しない。例えば対象の相手の行動を制限し、動けなくする能力。そのような能力があった場合。

この能力の発動中は、対象の人物、1人に対して以外は能力を使うことが出来なくなる。それから、対象の相手を目で見つめていなければ、その効果はなくなってしまう。すると、対象の相手を見つめている間に背後から攻撃し、仮に振り返った場合は能力が解かれた対象の人物が即座に攻撃。それでその能力の人物を討伐することが出来る。このように、絶対無敵の能力は存在しない。何か、どこかには攻略法がある。



「それから、未来を見ている最中は、私は無防備。その場で直立して動けない。それから、同じタイプの能力の持ち主、または神の行動は見ることが出来ない。それから___。」



リナは、ケプナスに次々と自分を倒すためのヒントを与える。ケプナスは必死に覚えようとする。

その弱点をほとんど言い終わり、最後の弱点を、ケプナスの耳元で囁く。


ケプナスは聞いて即座にその情報を、誰も知らない情報だと確信した。ほかの情報は、もしかするとシアルや他の誰かが知っているかもしれない。しかし、これは違う。ケプナスの直感が、そう言い聞かせた。



「絶対覚えるのです。」


「頑張ってねえ。」



そう言うと、リナは背を向けて走っていった。ケプナスはその事に気がつくとすぐさま追いかけたが、なかなか追いつくことが出来ない。



「...『鬼ごっこ・鬼』!」



ケプナスは必死に追いかけ、固有魔法を発動してまで追いかけるが、やはり追いつけない。

するとリナが急停止する。

ケプナスは驚く。リナが止まるなんて思っていなかったからだ。リナはたくさんの人に追われていて、捕まりたくない。そのため、ずっと逃げ続けると、そう考えていたからだ。



「...なんで、止まるのですか。」


「だってだってだーって。ケプナスちゃんったらそんなに一生懸命、息を切らしながら追いかけて来てくれるんだもの。逃げ続けるなんて酷いこと、出来ないわぁ。ちょっとの間止まって、ハンデをプレゼントしちゃおうかなー、なんて思っちゃったり?」


「...ハンデとか、そんなレベルじゃないのです。でも、チャンスはチャンス。ケプナスはお前を捕獲する!」



捕まえて、先程聞いた情報と共にシアルに提示する。そうすると、認めて貰える。


___本当は、わかっていた。自分が弱いことくらい。

___本当は、わかっていた。自分が無力なことくらい。

心の内ではわかっていたのに、それを認めたくなかったから。

淡い色をした本当の思いを、後から作った濃い想いで塗りつぶした。

弱くないんだ、馬鹿じゃないんだ、役に立つんだ、なんでも出来るんだ。


___本当に、そうだったら良かったのに。


ケプナスは1歩ずつ、リナに近づいていく。リナを捕らえた時が、認めてもらう第1歩。

手を伸ばして、リナに触れようとする。あと少し、あと少し___。

そんな所で、望みは切れた。



「___え?」



リナに、触れられない。触れる為の、指先が無かった。

リナに触れようとしていたその左手が、半分程切り落とされていた。



「...い、た、痛いの、で、すっ!う、うあ゛、うあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ!助けて、な゙の゙ですっ。」



その事に気がついた瞬間に、痛みというものは伴う。

膝を着いたその場所には、赤色が飛び散っていた。

上を見上げると、狂気の笑みを浮かべたリナがいた。いつもの笑いとは、全く違った。



「な、んで...!いた、ぃぃぃぃ!」


「タッチ出来るって、捕まえられるって。そう、思ってたでしょう?」



リナが笑顔で、語る。



「攻撃したいなら、普通にして、欲しかっ、たの...です...っ!」


「それでは意味がないわぁ。もう一度聞くわね。捕まえられると、思ってたでしょう?」



リナの問いに、痛みに歯を食いしばり、傷口を服で抑えるケプナスがゆっくりと頷く。



「そう、その時貴方は、期待を胸に感じていたの。希望をね。」


「な、にを...!」


「そして、今。まずはタッチすることができなかったことによる、戸惑いを。悔しさ。貴方は味わったの。」



変わらずの笑顔で、ケプナスを見下ろしながら言う。



「それから、手が切断されていることに気がついたことによる、痛みを。恐怖を。貴方は味わったの。」



それから上を見上げて、両手を広げて。



「貴方は期待し、とても期待していた。それから直ぐに、それを裏切られた。抱いていた希望は、絶望に塗り替えられた。」



彼女は、何を言っているのだろうか。ケプナスは、そう思った。



「それにより、貴方の感情には。とても大きな変化がおこったのよぉ。」


「___だから、なんだって言うのです...!」


「貴方は期待したの。夢を見たの。『希望』の感情を。認めてもらおうって、そう思って。自分の『未来』で、どんなことが起こるのか、何も知らずに。そして貴方に襲いかかってきたのは、『絶望』の未来。期待を裏切る戸惑いと恐怖を。これが、どういうことかわかる?」



わかっていいはずもない。



「簡単な話。貴方は待ち受けていた未来によって、感情を裏表にひっくり返された。反転したの。希望だと思っていたその先に、絶望があった。その時の人間の気持ちって、すごいと思うの。素敵よねぇ。だって人には、自分の待ち受けている『未来』がどんなものかなんて、全く知る事が出来ないのよぉ?だから、考えていることと全く違うことが起こったりするのよ。そんな時って、すごーくすごーく、不思議な感情を抱くのよぉ。私はそれが素晴らしいと、そう思うのよぉ。特にねぇ?希望だと思っていた時からの絶望の『未来』。それはそれはもう、ありえない衝動に駆られるの。もちろんね、絶望から希望への起点も、面白いのよ?でもでもっ。私は前者が好きねぇ。それが、人間の1番素晴らしいところだと思うの。そういうことよ。まあ、それをすこーし見させて貰ったのよぉ。私の、き、ま、ぐ、れ♪ふふっ。」



ケプナスはリナの言葉を聞きながら、その場に横たわった。



「...でも、捕まるのは嫌ねぇ。あとちょっとだけ。」


「ヘっ...?」



リナはそう言うとトランプを両手に持ち、ケプナスに向かって投げる。するとトランプは回転し、ケプナスの胸部を浅く切り刻んだ。ケプナスは出血とショックにより、その場から動くことが出来なくなった。

リナはトランプをしまって、いつもの笑顔に戻り走っていった。

すると、リナの行く手の先で爆発が起こった。

リナは辺りを見渡す。すると、その爆発の中からエイが出てくる。



「ずっと追いかけてきてた。ケプナスの代わりに、今からはエイがおにさん、やってみるから。」


「...あなた、鬼ごっこ知ってるのぉ?」


「ケプナスにお話聞いた。色んなこと教えてくれたから。ケプナスも、ハプも。」


「...でも、そんなことより、貴方は牢屋にいたはずなんだけど?まあ、それを言ったらケプナスもねぇ。貴方は牢屋から出ても何もすることがないのに、なんでわざわざ出るのかしら。」



リナの言葉に、エイは初めて目を細めた。



「エイは教えてもらったの。外には、色々あるって。ケプナスは色んな遊び、教えてくれた。ケプナスと一緒だったら、楽しいの。エイはね、もうね、知ってるの。」



エイは目を大きく見開いて、両手で杖を持つ。エイの上空と床に魔法陣が広がり、その間を柱のように光が繋ぐ。

風が巻き起こり、エイは口を開いた。



「外の世界は、こんなに綺麗なんだって。」

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