ページ44『キミの負け』
────今はもう、知っている。
何も知らない、自分じゃないから。
外の世界には、色があるんだ。色とりどりの色が。赤、青、黄色、なんだってある。そんなカラフルな世界は、とても輝かしい。
外の世界には、光がある。それから、光があるから、影もある。光と影が合わさって、それだけで素晴らしい芸術だ。ちょっとの光で、ちょっとの影で。色の見え方が変わったりする。見ていて、とても面白い。
外の世界には、音が溢れる。話す音、物の音、音楽。色々な音がある。音楽を聞いていると、心は安らかになる。清らかになるんだ。声があると、相手と話せる。相手の気持ちを、理解出来る。もちろん聞いてて心地よい、と感じる音ばかりではない。でも、そんな音でも、素晴らしい。そこに居ると、自分はここに居るんだと。教えてくれる、そんな音。
外の世界には、変化があった。物は動くし、変わる。色んなものは、変化していく。
「エイは自分を知らない。なんで捕われてたのか、知らない。」
当然なんだよ。だって___
「エイ、箱檻に入る前の記憶、ないから。」
───今でも、知らないことはある。
なんでも知ってるわけじゃないから。
なんで自分は、檻なんかに入れたれていたのか。自分は、何なのか。
そう、『自分は何なのか』
エイはそれを、ずっと考えていた。箱檻の真ん中、1人蹲って。
ひたすらにひたすらにひたすらにひたすらに___!
「知られたら困るもの。今はまだ、知らなくていいのよぉ。」
魔法陣に挟まれて、その神々しい光の中、降臨した神のように立っているエイに向かって、笑顔のリナが言う。
その風圧でローブが巻き上がる。
「全部知ってるわけじゃない。」
知らないことだってある。でも、ハプやケプナスは教えてくれたんだ。外の世界を。だから__!
「もうエイは、何も知らない、エイじゃないっ!」
エイが杖先を浮かせ、杖を前方に向かって突き出す。するとふたつの魔法陣はリナの上下に移動する。
リナは初めて見る『魔法陣』に戸惑いを感じ、動揺する。それから攻撃が来ると理解し、即座に
エイが杖を叩きつける。その瞬間、リナの上下の魔法陣が眩しい光を放つ。その光はどんどん膨らんでいき、リナを包む光の柱となった。
リナは光によって見えなくなり、エイがもう一度杖を叩きつけるとそこで大爆発が起こった。
その爆発が収まると、エイがリナに近づいていく。土煙が引いていき、倒れ込んでいるリナが見えてくる。
悔しさと、驚きの入り交じった顔で、エイを見上げているリナが。
●○●○●
___こんなに強いなんて聞いてない。
光に包まれながら、『観望者』は思う。
___知らないのに。だって、26年しか生きてないもの。
その大爆笑は、規格外のものだ。それをあれだけの簡単な動作で、さも当然のように、あの短時間で成し遂げた。
『エイ』
の存在は、あってはならない。そもそも魔法陣を初めて見た。なんで、どうして。あの子は魔術を使ってないの?
「私は...私は、知らない。私が生まれた時には既に、貴方は...捕まってたんだから。」
魔術神秘教団は、とても昔から存在する。ピグルットマジシャンの活躍時代、およそ1万年前。この時代を人々は『旧魔術時代』と呼ぶ。その時代から数年後、『魔術神秘教団』は作られた。魔術神が、いつ作られたのかは知らない。しかし、これだけはわかっている。
「貴方のことを知ってるのは、創設者のみよ。創設者が、貴方を捕らえたんだから...。」
そう、リナは知らない。魔術神秘教団は長年の間、導き手が揃うことが無かった。殆どの導き手は、奇遇なことに今の時代、『新貴族時代』に揃っている。
そして、初期に。魔術神秘教団を創設した1人である導き手___それが、『第1の導き手』。その導き手は、今だこの世に存在し、導き手として活躍している。
「私は、貴方を捕らえたのもただの指示。指示で、動いただけよ。なんで捕らえるのかとか、全く知らない。だから、だから...!殺さないでよ...!」
「変な人。隠れ鬼してたんだから、今キミはエイに捕まった。キミ、負け。だから、エイ、キミを、みんなのところに連れて行く。」
リナは悔しそうに歯を食いしばったが、その場から動こうとすることは無かった。
相手の能力も何も知らなかったけど、逃げられるはずがなかったから。
エイはリナが動かないことを確認すると、ケプナスの方へ向かう。
それからその場で屈み、「ケプナス」と声をかける。
「治療はエイ、出来ないから。それと、ハプもここにはいない。急がないといけないから、ちょっとここで休んでて。ごめん。後で、あのおっきい部屋に来てくれたらいいから。」
エイは耳元で囁いて、右隣に魔法陣を作る。そこから毛布を引っ張り出して、そっとケプナスに被せた。
ケプナスは目をうっすらと開けて、ゆっくりと口を動かす。
「あ」「り」「が」「と」「う」
エイは頷いて、少し考える。こんな時、なんといえばいいのか。
考えても分からなかったようで、エイはケプナスに囁く。
「うん。後で、教えて。なんて言ったら良かったのか。」
ケプナスは笑って頷いて、切られていない方の右手を上げて、手を振った。エイもまた、不思議そうに思いながら手を振り返す。
「じゃあね。」
それからエイはリナの前に立つ。歩いて行かせて逃げられると困るので、浮遊術で浮かせて劇場の部屋へ向かう。
「...なんでかしらね。なんで...私は貴方の未来を見てなかったのかしらねぇ...。それだけで、それだけで、出し抜けたと言うのに!そうよ、これは...。」
連れていかれながら、リナはつぶやく。今までにないような悔しそうな顔で、怒りの表情で。
何に怒っているのかなんて分からない。これは当て付けだ。なぜなら___。
「──キミは、その能力に頼りすぎた。」
エイの言葉に、リナは歯を食いしばる。認めたくなったその言葉を、そっくりそのまま言われた。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい
「なんで___!」
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい
「その力を過信しすぎた。だから、駄目。もっと自分で、自分の力で、ちゃんと逃げたら良かった。
キミは生まれた時からその力を持ってた。だから、油断してた。いつもいつも、良いように進んでたから。」
エイは言う。前だけを見て、リナに向かって言う。
「だから、キミは捕まった。キミは、自分の能力に負けたから。自分の運命に負けたから。」
◇◆◇◆◇
「お母さん...?」
「『時間の観望者―過去―』であるナルの固有特権は、他人の過去を見る能力なの。
ここは、君の過去の世界なの。」
1つの病室で、布に包まれた赤ちゃんを抱いている女性。その腕の中で、目を閉じて気持ちよさそうに眠っている女の子___笹野穂羽。
「どうして...。」
今となっては逢えない、『母親』を前にして、ハプは涙を流す。
会いたい会いたい会いたい。
その一心で、真っ直ぐにその女性に向かって走り出す。しかし、近づく寸前に、見えない壁のようなものに阻まれる。
「このツアーでは、過去に干渉することはできないようになってるの。これは、あくまで過去を見る。それが目的なの。」
「そ...んな。」
ハプはその場に膝をつく。もし会えるのなら、あって話をしたかった。一言だけでも、言いたかった。
『ごめんなさい』
と。
『よしよし。ゆっくりおやすみなさい。ムスメちゃん。もうすぐ、お名前を決めてあげますからね〜?』
記憶の世界で、穂羽の母親が穂羽を撫でる。
そこに扉が開き、茶色の眼鏡をかけたスーツ姿の男性が入ってきた。
『あら、パパが来たよっ、ムスメちゃん。ほらほら、ご挨拶して〜?』
そう言って女性は、穂羽の頬をつつく。それを見た男性、穂羽の父親は少し焦って女性の傍に近寄る。
『おいおい、
...にしても、可愛い寝顔だな...。』
『えへへ、あんまりに可愛かったものでぇ、つい。』
女性___笹野
『まあ、分からんくもない。さすが紡の娘だ、可愛らしい!』
『お世辞はよすのだっ!まあ、いいってことにしてあげます。それで、この子の名前なんだけど、ほわちゃん、でどう?』
紡は笑いかけ、穂羽を撫でながら言う。
『ほわ、かぁ〜。優しい響だな。どんな字を書くんだ?』
『稲穂の穂に羽。ふわふわしてて、優しい子になりそうじゃない?』
紡はまたもや穂羽の頬をつつきながら言う。
『う...ぅ。』
『きゃっ。ムスメちゃん起きちゃダメでしょうが!めっ。』
『お前がつつくからだよ、紡。』
『はぁーい、ごめんね?で、どうどう?穂羽ちゃん、いい名前でしょ?』
今度は穂羽の頭をくしゃくしゃしながら、紡は律紀に問う。律紀は『はぁ』とため息を着くと、笑って頷く。
『いい名前だ。お前は今日から穂羽、笹野穂羽だな。』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます