ページ28『シアルキャリソンの思惑』
――ピンポーン
大きな時計台にひとつのインターフォン。相変わらず不自然を思わせるそのボタンを、ハプはゆっくりと、力を込めて押した。
しかし、応答がない。
まだ、まだだ。まだ諦めない。
――ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
しかし、出てこない。ハプは諦めず、もう一度だけボタンを押して、暫く待ち続けた。
待った、待った、待った。
ずっと、ずっと、待った。
シアル・キャリソンはその日、1度も出てくることは無かった。
◇◆◇◆◇
次の日にもう一度、ハプは時計台の元を訪れた。
今度こそは、と思いながら、その静かな空間で、ゆっくりと、グッとボタンを押した。
――ピーンポーン
扉が、開いた。
良かった、今日は居る。
その扉の奥から、優しい笑顔が現れた。
「やぁ、ハプじゃないかー。久しぶりだねー、ハプ。今日はなんの用かな?」
「......シアルっ!」
ハプは喜んで、喜んだが笑顔は作らず、笑顔は作れず、シアルに向かって走っていった。
シアルはそのハプの表情を伺い、飛びついてきたハプを見つめて、囁くように問いをなげかけた。
「何かあったね。」
ハプは黙って頷いた。それを見たハプは シアルについて、時計台、シアルの家の中へ入っていった。
前と同じように時計の針を回し、リビングらしきところで正座して座ると、ハプは話し始めた。
家に帰ってからのこと、パーティが終わってからのこと。全部、全部、話して聞かせた。シアルを信じているから、何も嘘なんてつかなかった。
ケプナスの逮捕と裁判、国際魔術協力連盟。この話をした時に、シアルはいくつか質問をしてきた。
「___国際魔術協力連盟が、ケプナスを逮捕?戦争に出なかったから逮捕して、連行した?今週...6日後に国際魔術協力連盟本部で裁判?」
「そう、そうなの。おかしいよね。」
「ああ、確かに、おかしい。」
「なんで、こんなこと...」
「全てが、おかしい。――嫌な予感がする。」
シアルは真剣に顔を顰めた。そこで初めて、ハプは気がついた。自分の言っている『おかしい』は、シアルの言っている『おかしい』とは別物だ。
「...シアル、どういうこと?」
「どういうこと、だって...?ははっ、そんなの、僕だって知りたいよ。どういうことだよ...。」
ハプは、シアルの笑っていない表情を、初めて見た気がする。シアルはその時、顔が怒りの色で染っていた。しかし、恐怖も混ぜられていた。そこに驚愕を混ぜ込んで、狂気を薄く重ね塗った。そしてしっかりと、悟った表情を上から被っていた。
シアルは心の底から、『なんでだ』と思っている。
「僕は、聞いてないけどな。こんなこと。初めに伝えた時は何事も無かったように流された。戦争が終わってからも、何も聞かされていない。僕に内緒で、裏の部分だけで決めていたこと...?『連盟長』が関わっているのだろうか。それとももしや、一般の連盟員が反抗して...?」
シアルはすっと、立ち上がった。それから部屋の隅で、ブツブツと呟いた。
ハプはその一言一句を逃さぬよう、それ以外の音が聞こえないくらいに、耳をすました。
『連盟長』
ハプが1番気になった言葉はそれだった。国際魔術協力連盟。連盟長。『長』という言葉が着くくらいだ、恐らく国際魔術協力連盟と関係を持つ以上、知っておいた方がいい人物だ。知っておいて、損は無い。
もしかすると、その連盟長と呼ばれた人が...ケプナススルーリーを、最愛の妹を。逮捕するきっかけを作っているかもしれない。裏で動かしているかもしれない。
そんなことを考えていると、シアルが戻ってきた。それを見たので、 ハプは咄嗟に、瞬時にシアルに話しかけた。
「シアル!だからね、シアルも一緒に。一緒に裁判に来て欲しいの。それで、ケプナスを助けて。一緒に助けて。ほわも、頑張るから。」
そう言うと、シアルはニコッと笑った。爽やかな笑顔で。
それを見たハプは期待で胸を高鳴らせて、笑顔をシアルに向けた。
それからシアルは、その笑顔のまま、首をゆっくりと、――横に振った。
「___え」
ハプはそれを見て、驚いた。驚いて、驚愕して、暫くその事実を理解できていなかった。
何故だ。さっきからシアルは、ずっとハプに協力的だった。否。前から、出会った時から。
そして今もまた、協力的だったはずなのに...!
「なんで...!」
「勘違いはしないで欲しいな、僕は君に協力しないとは言ってないよねー。」
シアルは人差し指を前に突き立てて、 首を振った。
「僕は君に協力するよ。僕はケプナスを助け出す協力を、する。君は今大きな勘違いをしているよ。僕はね、少し嫌な風の吹き回しがあるような気がするんだよね。だからここは、二手に別れよう。僕と君は別行動。協力はするが、国際魔術協力連盟の本部に行って、裁判で証人、ケプナスの弁護人として弁論するのは君の役目だ。その間に僕は、やらなければならないことがある。」
シアルは笑っているが、その奥には真剣な瞳があった。
ハプはシアルを信じた。
「でも、どこに行くの?シアル。ほわ、教えて欲しいな...。」
どこか心配そうに、ハプはオドオドと問いかけた。
シアルはニコッと笑って、黙った。
「...でも、危ないよ。1人で、どこか行くの?あのねあのね。1人でお出かけする時は、何をしに行くか、どこに行くか、いつ帰るか...。じゃないと、待ってる人が、仲間が。友達が。心配、するんだよ...?ねぇ、シアル。シアルは、何を、隠してるの?ほわ、気になるの。ほわ、シアルが心配なの。多分ね、ほわだけじゃない。自分のことを助けてくれた、ゆぴも。大切なシアルを見捨てないと思う。シアルを信じてくれてる、シアルに憧れを抱いてる、ぺリィも。シアルは大切にしたいと思う。そして、いつも一緒にいてくれる、優しい頼れるリーダーを慕ってる、ケプナスも。みんな、みーんな。それから、ここにいる、シアルをとても大切に思ってる、ほわも。ねぇ、シアル。教えて欲しいな。ほわのためにも、チームのためにも、みんなのためにも。」
ハプは真剣な表情で。真剣な声で。真剣なオーラで。真剣な剣幕で。シアルに話した、語りかけた。
しかしシアルはまだ笑顔で。無言で。座っているだけだった。
それから暫く沈黙の時間が続いて、シアルは発言した。
「――僕は君たちのために何も言わない。」
「え?」
「僕は僕のためではなく、僕の自己満足ではなく、君たちの為に何も言わない、何も言えない。
君たちのために何も言わない
ハプのために何も言わない
ゆぴのために何も言わない
ぺリィのために何も言わない
ケプナスのために何も言わない
チームのために何も言わない
僕が君たちに何も話さず、一人で抱えて、一人で成し遂げようとし、一人でいるのは、君たちの為だ。僕には僕の目的がある。君たちを守るための目的だ。君たちに知って欲しくない目的だ。知って欲しくないのは君たちのためでもあり、僕の勝手な考えでもある。だからこれは、君たちがなんと言おうと僕は曲げない。僕は1人で成し遂げる。これだけは、何も変わらない。僕の心は揺るがない。君だってそうだろう。君だって、絶対に僕達に話したくないこともあるだろうし、心配かけさせたくないこともあるだろうし、傷つけたくないこともあると思う。一人で抱え込んで。一人で解決したいことも。それと同じだよ、君と同じ気持ちなんだよ。僕も君たちのために、僕の気持ちで、君たちに伝えない。もし君たちが伝えてくれた方が君たちのためになると言うのならば、僕はそれを否定する。僕はその、全てを知っている。僕は僕の目的を知っていて、君たちはそれを知らない。それなら僕が、その答えを決定づける。その権利は僕にある。僕は、助ける。僕と、君達を。だから裁判には3人で行って。君と、ゆぴと、ぺリィの3人で。ケプナスを助けて。僕は、もう1つの。吹き荒れる禍々しい風の元凶を、無くすために。」
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