ページ27『初めての気持ちが』
「国際魔術協力連盟です。」
スーツ姿の集団は、眠そうに立つハプにそう、答えた。
国際魔術協力連盟。ハプはこの世界に来てからの記憶を、隅から隅までたどる。
どこかで聞いたことのある名前だ。確か...。
考えてるうち、ハプは脳内の記憶と自分の考えが一つにまとまった気がした。
そう、この世界に来て初日。ハプは確かに、その名を聞いた。
ケプナスと共に、シアルの家へ行った時だ。この世界の魔術師とチームについて教えて貰った時、その名を聞いた。
チームを纏めている魔術師の頂点、と聞いたため、ハプは『単なるお偉いさん』という印象を持っていた。
しかしその『お偉いさん』が、今ここに、目の前に立っている。しかも大切な妹、ケプナス・スルーリーの名を呼んだ。
その事実を理解するまでに、数秒の時間がかかった。
「えっ...と、国際魔術協力...さん?
ケプナスは居るけど...何か、用事があるんですか...?
あっ、上がりますか?」
「失礼します。」
ぺこり、と一礼し、靴を脱いで集団は仕切りを跨いだ。
「ここに、座って待っててもらっても...?」
ハプが椅子を指し、オドオドした様子でそう言うと、相手はまたしも頭を下げて、その椅子に腰掛けた。
「よっ、呼んできます!」
あたふたとした足取りで、とたとた、と螺旋階段を駆け上がるハプ。
急に魔術師のトップの集団が家に駆け寄ってくるなんて、想定もしていなかったからだ。
ハプはケプナスの部屋の前に来ると、急いで取っ手を廻し、勢いよく扉を開けた。
「ケプナス、ケプナス。早く起きて。着替えて。いそいで。」
「むむぅ、おにちゃぁまぁ...にゃんにゃのでしゅかぁ...。
まだ朝なのですよ...。」
「朝でも起きなきゃならないの!朝だから起きなさい!
ケプナス、あのね。国際魔術協力連盟の人が、ケプナスを呼んでるの。だから急いで!はーやーく!」
それを聞いたケプナスは、急に飛び上がり、急いで服をとって着替えた。
それからドタバタと音を立てて螺旋階段を滑り降り、滑り込むように椅子に座り込んだ。
「お...遅れて...申し訳...ないのです...ケプナススルーリー...サンジョー、なのです..。」
無駄に体力を使って移動したからだろう。軽く息切れしながら、ケプナスは話した。
ハプもその後ろからやってきて、ぺこりと一礼した。
「ありがとうございますケプナススルーリー様。ご早朝からご迷惑をお掛けしました。」
「ゴソーチョー...?ゴメーワク...?」
「...まぁ、よろしいでしょう。それに関する説明は、お兄様に後程お願いします。」
少し困ったように女性は言い、鞄の中から資料を取りだした。
その資料を1度机に置いてむきを反転させ、ハプの方に渡した。
「これは...?」
「今回、こちらに訪問させて頂いた要件について纏めた資料になります。こちらの口から説明しながら、資料をご覧になっていただけると幸いです。」
ハプは、前の世界の正式な取引のようだ、と考えながら資料をめくった。
その瞬間、思わずハプは手を止めた。
――なぜだ。こんなこと、あってはならない。
――おかしい。納得できない、理解できない。
「あ、の...これ...は...?どういう...こと...。」
「資料をお読みになられましたね。その記述の通りですが。」
「どういう...意味です...か。国際魔術...協...力連盟...っ!」
ハプは今までにないような、憎悪、嫌悪、憤怒を込めて、震えながら言葉を発した。
「おに...ちゃーま...?何が...。」
ケプナスは少し怯えながらそう言うが、ハプはその言葉なんて耳にしていない、否、耳に入っていない。
ハプはその書類を見て、今までにない感情を覚えた。
『愛』と『憎しみ』。
大切な妹を大切に思う『愛』と、誰かを嫌悪する『憎しみ』だ。
その書類に書かれていたこと、それは――
『___ケプナス・スルーリーの逮捕』
そこに書かれていたことは、それだった。ケプナス。最愛の妹。初めての妹。初めての愛する人。初めての守りたい人。初めて持った大切な人。初めて話して笑った人。初めて一緒に遊んだ人。初めて共に生活した、初めて一緒に食事を食べた、初めて、初めて、初めての――!
ケプナスは守る。何があっても。この身に変えても。絶対に守る。
――それは、自分だけの権限だ。
――ケプナス・スルーリーを守る。
「ケプナスが何をしたの!おかしい、理不尽だ!なんで、どうして!」
「ケプナススルーリーはチームに属しながら、戦争への参加を阻んだ。これは...」
「シアルが報告した時は、何も言わなかったじゃない!なんなの!意味わからない!酷いっ!ケプナスを奪うなよ!ケプナスが逮捕される、それはケプナスが居なくなること!ほわはケプナスと過ごせない、1人ですごなきゃならない!奪うな、奪うな、ケプナスはほわの妹だ!なんで!おかしいよ。今更ここに来たって、説得力がない!説明しろ!ここに座って!説明しろ!ほわが、ケプナスが、納得できるように!話はそれから!絶対に!」
「ハプ様、魔力の暴走が...。」
ハプは怒りで、怒り狂い、今までにない感覚を味わっていた。
その頃にはハプの周りは熱気を帯びた風が吹き荒れていた。
それを見て危機を感じたのか、女性はシールドを張り、話を始めた。
「それに関してはこちらで打ち合わせをしております。なら、この様な物はどうでしょう。一定の日付まで、ケプナス様はこちらで預からせていただきます。それから数日後、こちらで裁判を開きます。その時にケプナス様側の弁護人として、ハプ様に来ていただきましょう。日付は1週間後。国際魔術協力連盟本部にいらしてください。」
その言葉を残し、集団は立ち上がった。
ハプはそれを見て立ち上がり、周りに大量の炎を纏いながら1歩を踏み出した。
「待て!まだこっちは何も言ってない!勝手に決めないでよ!なら力ずくで..!」
「おにちゃーま!だめ、だめなのです!おにちゃーま、この人たちにコーゲキしたら、おにちゃーままで捕まっちゃうかもなのです!この後、サイバン、やるのです。その時に...ケプナスを守ってなのです!」
ケプナスの心の叫びを聞き、ハプの炎が少し弱まった。
それを見た相手の女性は、1度帽子を取り、手を前に出した。
白い髪の、20代くらいの女性だった。
「ケプナス様もこう言っています。本人の意志を尊重し、ケプナス様を保護します。では。」
そう言って女性は、ケプナスの手を取り、もう片方の手を前に出した。すると、その手にハプの炎は吸い取られ、そのまま集団と共に去っていった。
ハプはその空間に1人残され、呟いた。
「無力なほわには、守れなかった。」
◇◆◇◆◇
ハプは外に出て、必死に走っていた。そして急停止した。
――目の前にあるのは、見覚えのある時計台。
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