ページ10『歴史』

ページ10「歴史」


「俺の名前はレット。レットマジシャン。よろしくしなーい」



そう言って彼……レットマジシャンはこちらに向かってパプよりも速く、いやシアルよりも数段速いスピードで走ってきた。拳を握りしめて、真っ直ぐに。しかしその拳からは魔力反応は感じられない。



「……シアル、シールドじゃだめ。この人、物理攻撃してくる」



シールドでも物理攻撃は防げるが、シールドよりも魔力効率のよい強化系の物理攻相手ではシールドが先に破壊されてしまう。それに強化系が得意な相手に接近戦は避けたいとハプは考えた。



「うん、そのようだね。でもこちらから攻撃すれば……」



そう言ってシアルはレットの後ろに回り込み、杖を持って攻撃を放つ。しかし、その時にはもうレットは上空にいた。


魔力が使われた痕跡はない。



「なっ……ハプ! そっち! 危ない!」



「えっ……ぴゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」



ハプは思いっきり上からキックを入れてくるレットを見て、とっさにフライパンを顔の前に持ってきた。


カンっ!


レットはフライパンに当たって、そのフライパンを踏切台にして切り返しをつけて再び飛び上がった。



「速い……! 肉体強化術も使ってないのに……!」



「いや俺、無駄に魔力消耗したくないんだよね。使わなくていいなら使わない方がめんどくさくないし、魔力の動きでこちらの行動を察知されることもない。いいことばっかじゃん」



レットはそう言いながら斜め上に向かって飛んでいき、空中で浮遊術を使い一時停止した。そこから縦に回転しながら地上に着地して、ものすごいスピードでシアルに向かって走っていった。



「うん、わかった。君の運動神経は並じゃないね。「姿が見えない」と聞いていたものだからてっきり姿を消す固有能力でも持ってるのかと思ってたよ。単純に速くて見えないだけ……なんてね。予測外のこともあるものなんだねー」



くすくす、と笑ってシアルが飛んできた拳を捕まえた。



「でも残念、動きが単純。普通の人なら受け止められることはほぼないけど、僕なら余裕だよ? 運動神経はそんなにだけど、一応魔術師としてはある程度優秀な方だからねー」



「……受け止められるのは初めてだわ。避けられたりナイフ突きつけられたりしたことはあるけど。はぁー、めんどくせぇ。こんなことならマジで加勢するんじゃなかったわ……ケピのクソッタレ」



そう呟きながらレットは受け止められた拳を払い、高速でバックステップを踏みながらスタッと体制を整えた。



「ケ……ピ? それって、誰? レット。」



「気安く呼ぶな馴れ馴れしい。関係ねぇよ、関係なんてない方がいいんだよ」



レットは「やれやれ」のポーズをして、その場にドスンと座り込んだ。



「余裕があるねー。レット君? 僕達はまだまだ戦える状態なんだけど?」



「いや、もう、というか初めから正直めんどくせぇんだよ。俺この戦争不本意だし。ほんっと、めんどくさいわー。それにお前ら、星5貴族だろ? しかもスルーリーとキャリソン。そんな名門貴族むやみに殺したくないし、それにまぁ……言わなくても察しろ」



レットは目を瞑り、「あ〜だる」と面倒くさそうに座ったままで言った。



「……マジシャン家」



「……なんだよ」



「マジシャン家……? シアル、それって……?」



ハプはシアルの言った「マジシャン家」という単語に耳を傾けた。なぜなら、レットが名を名乗っていた時、レット「マジシャン」と言っていたからだ。



「そっか、記憶喪失。マジシャン家も忘れるとはね。マジシャン家って言うのは、ピグルット・マジシャン。そう歴史の中の……英雄、の子孫だね」



シアルは戦闘が落ち着いたと見て、レットを見張りながら話し始めた。



「昔、ナルシー・ゴールドっていう……悪い人がいたんだけどね。なんというか、身分差別とかそういうの作ったのがその人って伝えられてる。かなり強い魔術師だったらしいんだけどね〜。で、その人を倒した人……とってもつよーい魔術師が居たんだよ。それが、ピグルット・マジシャン」



「あ、わかった! そのピグルットさんが、ナルシーっていう悪党をめちゃんこにしてやったんだね!」



「殺したんだよ」



「え!!!! 平和じゃない!!!!」



ハプがズッコーと、転けるようなポーズをした。シアルはハプには聞こえない声で「この戦争でもいっぱい人が死んでるけどねー」とつぶやき、笑顔のまま話しを続けた。レットは戦うのが本当にめんどくさかったのだろう、今は気の抜けた顔であくびをしたり、ローブの中からマットのような物を取り出しその上でごろごろしたりしていた。



「それで、そのナルシーゴールドを倒すのに協力し、その後大体のシャムールア星の形を作り上げたのが、ピグルットマジシャンとその仲間の3人なんだ」



シアルは指を出して手を動かす、説明体勢に入っていた。



「それが、天才魔術師ピグルット・マジシャン、回復術師プーリル・スルーリー、テレポートの開発者ミクス・コリア、ピグルットの一番弟子アルロット・キャリソン」



「プーリル・スルーリー……」



「そ、君の先祖だね。それでそのアルロット・キャリソンが……僕の先祖」



シアルがニコッと笑って、親指で自分を指さした。レットは楽な姿勢をみつけたのか、同じ姿勢でぼーっとこちらをみている。



「そしてそのボス……というかリーダーのピグルット・マジシャンの子孫が、ここにいるレットだ。そうだよね?」



「ん? え、あーうん。そうだな」



レットは自分に振られたことに気が付き、何となくで答えた。



「まあ、他に言っちゃうと裏で活躍していたフレンダー・ソーサーラーっていう人もいたんだけど、まあその人のことは置いておいて……ね。そういえばこの星の歴史の話したこと無かったなー、ハプには。大抵わかってくれたかなー?」



シアルはそう言った。その時も笑っていたが、いつものような笑い方ではなかった。


無理やり作った、作り笑いのような笑顔だった。



「シアル? 大丈夫? 顔色悪いよ」



「ん? あぁ、全然大丈夫だけど? そんなに変だったかなぁ?」



「……うん、大丈夫ならいいんだけど……」



その言葉を発した時には、いつものような笑顔に戻っていた。


その後、向きを変えてシアルはレットに言葉をかける。



「じゃあ、そろそろ戦闘再開だね」



「はぁ?」「えっ!?」



レットとハプの驚きの声がかさなる。




「えっと、戦いは休戦になったと思ってたんだけど……?」



ハプは首を傾げながらシアルに訪ねた。



「ああ、そうだね。でもここには援軍もして呼ばれて来たんだよねー。休んでばかりじゃ味方も困るし、敵はやれる時にやっておく方が安心できるかな〜」



シアルは笑顔でレットの方に針を向ける

レットは立ち直り、俯きながらシアルの方を見て言った。



「……めんどくせえな。おい、シアルって言ったか? おめぇ、歴史の話をしてる時とは顔色が違うじゃねえか。聞かれたくないことでもあるのか? お前、何を知ってるんだ?」



レットの言葉を耳にして、シアルは1度立ちどまり、ニコッと笑う。その曇りのない笑顔から感じるプレッシャーにレットは底知れぬ恐怖を感じた。





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