ページ9『笑顔』

ページ9「笑顔」

「…...ハプ、あと15分くらいで着くからね。心の準備をしておいて」




「う、うん。でも、まさか...…。これで戦場まで行くとは...…ちょっとびっくり」




ハプとシアルは今、シアルの運転する黒色の軽自動車に乗って町外れの荒れ地を走っている。シアルが言うには、これに乗って戦場まで行って、この車はおそらく壊れるだろうということで使い捨て、ということらしい。




「……戦争に行くのにこんな車で大丈夫なの?」



ハプはこの世界の常識がまだまだわからないので、もしかしたらこれが普通なのかもしれないが地球ならありえないと思う。

だって星5貴族って王様の次に偉いんだよね? 近所で買い物するならまだわかるけど、戦争しているところに軽自動車って!



「大丈夫ではないねー。でもソルビ市にある一番高価で丈夫な車でも結局魔術師相手だとすぐに壊れてしまうし、どうせなら違和感がある方が相手の反応が見えやすいしねー」



「そ、そうなんだ。やっぱり普通じゃないんだよね」



「普通なら私は貴族ですって車を選ぶ場合がほとんどかなー。魔術師が援軍に来たことを皆に知らせるのも意味があることだけどハプは戦争の記憶ないから、初手で全力攻撃や多重罠は嫌だよね〜?」



「もしかしてハプのために軽自動車にしてくれたの?」



「うーん。それもあるけど、状況的に自軍の士気を上げる必要がないっていうか……まあ、気分転換もあるかなー」



シアルが前を見たまま笑顔で軽自動車に乗った理由を教えてくれた。


シアルが自分で運転することにも驚いたけど、運転手もいらないって言ってたのは無駄に人が死ぬからなのかもしれない。その考え方は『平和』だと、ハプも少し笑顔になった。


「けど、ほんとにガタガタした道だね。でもあと15分で着くんだよね? なんでこんなに静かなの...…」




「うーん、そうだねー。できるだけ落ち着いている時に向かった方が安全でしょ? だからその辺はちゃんと仲間と連絡を取り合ってるからね〜。だから今は戦いが落ち着き気味、て所かなー。」




ハンドルを切りながら、シアルが言った。車に乗って走っていると、道がでこぼこしていることがよく分かる。


ガタガタ、ガタガタ...。


無言の時が過ぎる。あまり時間は経ってもいない筈なのに、何故かとても長い時間、この空間にいる気がする。


静かだ、静かだ。静かな、静かすぎる空間。


━━━そう、静かすぎる。


戦争が落ち着き気味だと言っても、今は戦闘真っ最中で、どちらの軍も近くにいるはず。


魔術師だけの戦争なら静かにすることも出来るが、市民も混ざっているとなると間違いなく銃声や爆発音も聞こえる。




「…...シアル、仲間から情報は無いの?」




「今のところ新しい情報は...あ」




話をしているとシアルのスマートフォンに通知が来た。シアルは一時停止して、スマートフォンを手に取り通知を確認した。




「うん、今情報が入ったね。こちら側...ツム国軍の一般兵が全滅したらしい。なるほど、やはり敵の魔術師はかなり強豪か、厄介な魔法を使ってくるね」




それを聞いた時、ハプは寒気がした。もちろん魔術師が強い、仲間が死んでしまった。その事実からでもあった。しかし、1番ぞっとしたことがあった。それは、その通知を見た時も、その話をハプにした時も。シアルはいつものように笑っていたことだ。




「............シアル?」




「どうしたのかな、ハプ?」




「どうして...…どうして笑ってるの?」




「笑っちゃダメ? そっか、笑わない方がいいのかな?」




「いや、違う...…違うよ、でも...…どうして笑っていられるの? こんな絶望の中で!」




「うん? いいじゃん、別に。君も笑っていいって言ってたし。なら笑っていいんだよ。そうでしょ?」




そう言ってシアルはもう一度、窓の外を見ながらニコッと笑った。


ハプは黙っていた。


それからしばらく走って、戦場の少し前まで来た。


その時、車の窓の外を「何か」が見えないくらいのスピードで横切った。


次の瞬間、パプの周囲が赤に染まる。

車が炎に包まれたのだ!




「し、シアル!車が!火が!」




「...…そうだね、少し困ったことになった。市民にこんなことは出来ないから、魔術師だね。きっと正体不明の。」




シアルがベルトを外して、すぐさま変身し、戦闘体勢に入った。


ハプも身につけた瞬時変身をして、フライパンを構える。




「シアル、こっち! あ、あっちに行った! 魔力反応がある!」




「そうだね。追いかけた方が良さそうかな。」




焦って状況報告するハプを見て、シアルは笑顔を崩さずにそう言って走っていった。




「...…まだ、笑うんだね。」




その一言を残し、ハプもその後を追いかけた。シアルはパプよりも数段速く、ぐんぐん差が広がってゆく。




「うう、やっぱりほわじゃ追いつけない..….肉体強化(中)も使ってるはずなのに...…!」




◇◆◇◆◇




シアルの姿が目視出来ないぐらい離れてしまったので、魔力反応を頼りにハプはシアルを追いかけた。

しばらくするとハプは森の手前で立ち止まって杖を振るシアルに追いついた。




「シアル!」




「やぁ、ハプ」




「相手の魔力反応は?」




「有るね、でも姿が見えない。今はひたすらに攻撃して様子見してるところかな」




シアルが時計の針とヒラヒラした半透明の布のようなもののついた杖を持って言った。


魔力反応を感知してはその位置に攻撃を放っている。しかしその全てを避けられていた。




「あれ? シールドの気配がないんだけど?」




「うん。シールドを使ってないようだね〜、単純に素早く避けているだけだよ」




「そんな...…早すぎる!」




速すぎて目には見えないが、魔力反応で確かめると相手が森の中を縦横無尽に駆け回っているのがハプにもわかる。こんな速さの的は訓練でも当てたことがない。


なら……


ハプは目を閉じて、より深く魔力を探った。




「そこだぁーっ!!!!!!」




ハプは魔力反応を感知して、その場所に思いっきり炎を放った。




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!」




大きな声で、限界まで魔力を込めてハプは攻撃した。森の中だったから、そこら中の木が燃えた。


すると、炎が燃え広がる木々の上に、人影が見えた。炎の中から飛び出てきたようだ。




「…...君だね、あの車を使えない状態にして、僕達が戦場へ行くのを邪魔したのは。」




シアルが杖を掲げて、立ち上がってそう言った。目は真剣だったが、口元はいつものように笑っていた。


上空には、浮遊術で浮かんだ1人の魔術師が居た。


その魔術師はハプ達をを見下すような目をして、その人は言った。




「はいはい、そうですよっと。まさかこんな方法で炙り出されるとか、聞いてねぇっつうの」




紺色の髪、つり目で紺色の瞳。単純ななんの模様もない薄茶色のローブを着ている。下から見るにローブの下はジャージ、靴はスニーカー。


髪型は二つくくりで、右は上の方で髪をたばねている。左側も同じ位置だが、一部をお団子にしてまとめている。




「君...…ファッションセンスがないね、ほわはそう思う。そんなことより、君は誰?」




ハプはその人に言った。声から考えるに、髪は長いが男だろう。

今から戦う相手ではあるが、まずは自己紹介をしようとほわは思った。ほわは互いに分かり合うことで対話が生まれ、それが『平和』に繋がると信じている。

たとえ、戦争中に互いに攻撃をした後の相手だとしても……




「ほわはハプスルーリー。スルーリー家長男、家事が大好きハプスルーリー! よろしく!」




「ははは。ハプは面白いね。…...チームソルビ市リーダー、シアルキャリソンだよ。よろしく...…ではないかな」




ハプが自己紹介をして、シアルも名乗りあげた。それを聞いた相手は、少し目を見開いた。




「…...はぁ。……なるほどね、スルーリー家にキャリソン家か。これはこれはまたまたいい家系の人達じゃん? 星5だろうし、ある程度の強さはあるよな〜?」



つり目の魔術師はその目つきをより凶悪にして、腕をくむ。相手が浮遊術で高い位置にいることもあり、とても高圧的だとほわは感じた。



「あ、あ、多分このパターン、君はここで「いいじゃん、強いじゃん」的な感じで強い人をこ、こ、ここ殺すことを楽しむんだよね?!」



ほわは地球で得たラノベ知識を元に、相手の性格を推測する。この目つき、そしてシールドも使わず肉体強化のみで攻撃をかわす脳筋系。これは戦闘狂に違いない!



「あーあ、めんどくせっ。早く終わらせたかったのになぁ」




彼はそう言って、地上におりてきた。




「俺はレット。レットマジシャン。よろしくしなーい」



レットマジシャンと名乗った脳筋系は、穂羽の想像とは違いとても面倒くさそうに手をブラブラしながらため息をついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る