「辺境星域制圧任務」
サカシタテツオ
□辺境星域制圧任務
頭がスッキリしない。
朝からずっとボンヤリとした感じ。
「おはよう宮内君、今日もボーッとしてるね!」
そう言いながら、俺の肩にカバンをぶつける。
畑中だ。
小中とずっと同じだったらしいのだけど、喋るようになったのは高校に入ってから。
たまたま同じクラスで、たまたま席が隣になったから。
「痛えな・・・」
カバンをぶつけられた事に抗議しようとしたけれど、その時すでに彼女の姿は目の前には無くて、はるか前方、女子の群れの中に溶けてしまっていた。
寝起きは悪い方じゃない。
低血圧って訳でもない。
けれど畑中の言う通り、最近は何故だかボンヤリしてしまう。
けれど二限目を迎える頃には俺の頭もしっかり動き始めていて、どの授業の内容もビックリするほど頭の中に入ってくる。
「お、スイッチ入ったね。おはよう」
まだ授業時間中だと言うのに、畑中の奴が俺に向かって声を掛けてくる。
当然だけど、小さな声で。
けれど俺はそれに返事をしない。以前、酷い目にあったから。
返事をしようと畑中の方へ顔を向けた瞬間に『女子に見惚れてないで黒板を見てろ、宮内』と教壇から名指しで非難されてしまったのだ。
しばらくの間、クラスメイトのネタになったのは容易に想像できると思う。
頭はスッキリ。ボンヤリする事もない。
授業の内容だってバッチリ理解している。
けれども何かが引っかかる。
魚の骨が喉の奥を引っ掻いて行ったような、小さいけれど無視できない、そんな違和感を感じてしまう。
ここのところずっとだ。
その事を考えると、少しだけボンヤリが戻って来てしまう。
「あ、またボーッとし始めた」
畑中だ。俺の頭がボンヤリモードに入ると高い確率で彼女に声を掛けられる。
「ほいッ」
そう言ってキャンディの包みを俺の方へ放ってよこす。近所のおばちゃんみたいな彼女。
「脳に栄養足りてないんだよ、きっと」
続けて言葉を寄越した畑中は俺の返事を待つ事なんてなく、すぐに女子グループの中に戻っていく。
「なんなんだよ、アイツは・・・」
毒づきながらも受け取ってしまったキャンディを口の中へと放り込む。
畑中の言う通り、脳に栄養が足りていなかったのかもしれない。
貰ったキャンディを口の中でひと転がしするたびに頭がスッキリしていくようだ。
さっきまで感じていた違和感も、今はまったく気にならない。
六限目の途中、俺の机の上に可愛く折り畳れた小さな紙が飛んで来た。
犯人は分かっている。
畑中だ。
時々こうして手紙を寄越してくる彼女。それについては悪い気なんて起こらない。
どちらかと言えば嬉しく感じている。
自分の容姿や性格からして、女子と会話できたりするだけでも奇跡ってレベルだと思っている。
けれど、その手紙の内容は頂けない。
イジメでは無いのだろうけれど、からかわれているってのだけは伝わる。
「電波きた?」
「感度良好?」
「理解した?」
毎度毎度こんな感じ。
畑中は俺の事を電波な奴だと思い込んでいるのかもしれない。
ーー今日はなんてメッセージだ?
ーーアンテナ増設の提案とかじゃないよな?
「放課後、自転車置き場で待ってて」
俺は慌てて彼女の方を見てみたけれど、畑中はそんな俺の事なんて、これっぽっちも気にしてませんって感じで一生懸命にノートを取っている。
「また女子に見惚れてるのか。余裕だな、宮内」
教壇から名指しの指摘。
教室中は大爆笑。
ーーまたやってしまった!!
ーー畑中めッ!!いったいどういうつもりなんだよ!!
放課後。
自転車置き場の近くで律儀に彼女を待っている。
かれこれ二十分は過ぎただろうか。
帰宅部連中のラッシュは終わり、自転車置き場は静かになってきていた。
時々やってくる人影を確認し彼女でないとわかると溜息をつく。
「はぁああ。どんだけ待たせる気よ、アイツ」
バンっ!!
俺の肩に衝撃が走る。
「ごめん。待った?」
畑中だった。
「痛えなぁ、まずはそれを謝罪しろ。そして待った。めちゃくちゃ待って待ちくたびれた。もう帰ろうと思ってた」
普段から言い返すタイミングを逃し続けていた俺は、ここぞとばかりに言葉を並べる。
「いやそこは、全然待ってないよ!とか、俺も今来たとこ!って言うのがお約束なんじゃないの?」
と笑いながら言う彼女。その笑顔がキラキラと眩しくて直視出来ない。
「で、俺に何の用なんだよ」
俺は自分の胸の高鳴りを気付かれないようわざと声のトーンを落とし、ぶっきらぼうな調子で聞いてみる。
「ちょっと待ってね」
畑中はカバンの中へスマホをしまい、自由になったその両手で「パンッ!!」とひとつ柏手を打つ。
その瞬間、周囲から音が消えた。
さっきまで聞こえていた運動部の部員の声や、バス通りから聞こえていた車の音。自転車置き場の屋根の上にいた鳩の鳴き声さえも聞こえない。
それだけじゃない。人の気配がまったくない。
かけらも感じられない。
それに・・・。
目に映る全ての景色から色が抜け落ちている。
ーー少し違うか。
赤系の色だけを残して他の色が抜け落ちた。
夕焼けで染まった景色より、さらに赤くて紅い世界。
「思い出した、私達の事?」
彼女は唐突にそんな事を言い出した。
「私達?」
確か小中と同じ学校だったらしいけれどお互い面識なんてなくて、高校に入ってからたまたま隣の席になって、なんとなく話すようになっただけ。それだけだ。
「はぁ・・・。やっぱりダメかぁ。やっと見つけたのに・・・」
俺はヤバイ空気を感じ始めている。
「他の仲間とも連絡つかないままだし。通信兵の君ならって思ったんだけどな・・・」
ーーこいつ、マジもんの電波ちゃんなのか?!
「しょうがない。規則通り任務内容の変更ね。制圧は諦めて現地生物の生態観察任務に移行しましょう」
彼女は俺の目を見つめながら、彼女の中の彼女の世界の設定を俺に押し付けてくる。
「聞いてる?リゲル・ドゥ・ビシソワーズ軍曹?」
彼女の口から出てくる設定を何ひとつ呑み込めない俺は返事もできず、ただ黙っている事しか出来ない。
「はぁ、しょうがないか」
彼女は溜息をつき、さらにひと呼吸置いてから俺の目を見つめ直す。
「じゃ、そう言う事でヨロシクね!」
その言葉と一緒に彼女は再度「パンッ!!」と大きくいい音を響かせた。
「おはよう宮内、今日は更にボーッとしてるね!」
畑中だ。
あれから彼女の"口"から中二病な発言はひと言だって聞いていない。
以前と変わりない元気な奴だ。
変わった事と言えば、畑中が俺の事を呼び捨てにするようになったくらい。
相変わらず授業中に手紙を寄越す。
可愛く折りたたまれたその手紙の内容も以前とさほど変わらない。
「感度はどお?」
「調子はいい?」
「受信できた?」
今日も懲りずに飛んでくる。小さく折りたたまれた可愛い電波。
「思い出した?」
どう返事をしたものか、少し頭を悩ませる。
畑中の方を見てみると、いつもの通りこちらの事をまったく気にする様子も無く、真面目にノートを取っている。
「畑中の事ばかり見てないで、たまには黒板の事も見てやってくれ、宮内よ」
そんな教壇からの名指しの指摘があっても、クラスメイトから冷やかしの言葉は飛んでこない。
「はいはい、ごちそうさま。」と女子達からの小さな呟きが聞こえてくるだけ。
畑中は決してこちらを見ないけど、その口元は少し緩んで見える気がする。
畑中曰く、通信兵の俺。
俺は今日も彼女からの電波を受信する。
それ以外の電波は認められない。
この世界の制圧を諦めて現地生物の生態観察任務を遂行する。畑中の中での新しい設定、新しい仕事。
その任務がどんな内容かなんて、きっと誰にも分からない。
俺にだって分からない。
きっと彼女も分からないに違いない。
分かるのは、俺からちゃんと告白し直さないとダメなんだろうなって事だけだ。
「辺境星域制圧任務」 サカシタテツオ @tetsuoSS
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