クラーケン

 私は慌てて、毛布で体を隠した。

「上代くん、なんでこんなところにいるの!」

「驚かせて悪かった。だけど、詳しく話したら余計に混乱するだろうと思って」

「その前に何も説明してないじゃない」

「そうだったね」

 私は彼の姿をまじまじと見つめる。顔つきは以前の彼と変わらないのだが、髪がところどころ黄色に染まり、左目も青くなっていた。衣服もなぜか燕尾服を着ていて背中からは竜のような小さな翼が生えている。どういうことだ。私の体の変化と何か関係があるのだろうか。恐る恐る尋ねる。

「これは、一体どういう事なの?」

 すると、彼は表情を崩さすにこう続けた。

「今、君は獣夢を見てしまった。獣夢というのは自分が人喰いの化け物になる夢のことなのだけど、それを見てしまうと君の体は獣になって、本当に人を食ってしまう」

「はっ?」


 私には彼の言っていることが理解できなかった。突然姿を表した時点でよくわからないことになっているのだけど、私には何の説明にもなっていない。

「よくわからないのだけど……」

「普通には理解できない話だよ。僕だって初めはそうだった」

「そうなの?」

「うん」

 私はますます状況がわからなくなってきた。

「ねえ、上代くんは何しに来たの?」

「君の夢を食べにきた」

「えっ」

「説明すると長くなるけど、とにかく僕は獏という存在になって、今は人の夢を食べて暮らしている」

 上代くんはクラスメイトたちに正確に物事を教えていたような人だった。だけど、今の彼の説明はどこかふわふわしていて、人が違うように思える。


「とにかく、今すぐに君の夢を食べないと、君は獣になって本当に人を襲うことになっちゃう」

 上代くんはなぜか焦り始めている。

「ねえ湊さん、自分の髪の毛を見た方が良いよ」

 彼のますます焦りだしている。私は彼の言葉通りに再び鏡を見た。

「えっ」

 私の髪の毛は完全に蛸足のようなものになっていて、どういうことか、自分の意識とは無関係にうねうねと動いていた。

「これって……」

「そう、それが獣になるということ」

 私はどうなってしまうんだ。急に不安が押し寄せてくる。すると、とてつもない苦しさが私の体を襲った。

「うっ、ぐは」

「大丈夫?」

「大丈夫じゃ、ないみたい……」


 私はベットの上から転がり落ちる。苦しい。体の自由が効かなくなってきた。次第に視界が半分になってきた。どうなってるの、私の体は。すると私の体は自分の意思とは無関係に立ち上がった。

「やあ、夢食い。このお嬢さんの体は俺様がいただいたぜ」

 自分の声で誰かが喋っている。ねえ、説明して上代くん。そう言おうとしたがまるで声が出ない。私の体は誰かに乗っ取られてしまった。

「その様子だと、お前はクラーケンだね」

「正解! 新入りのくせによくわかったな」

「これでも、たくさん学んだことはある」

「そうか。これは厄介そうな獏だ。この場から離れないと」

 そう言って、私の体を乗っ取ったクラーケンというやつは私の体で上代くんを蹴って、その勢いで部屋の窓ガラスを突き破った。私の体はここまで頑丈なはずが無く、ものの見事に傷だらけになる。痛覚はまだ残っていたらしく、あちこち痛い。一方で私の体は地面に降りた時の衝撃を蛸足になった髪の毛で和らげた。上代くんは頭から血を流して倒れている。そんな、上代くん。

「いてて。まだ完全に乗っ取れた訳ではない様だな」

 私が喋った。肌着のままだから肌のあちこちから血が出ている。半分の視界で血の色を見ると、それは虹色だった。私の体は走り出した。

「おい、待ってよ!」

 後ろを振り向くと、少し苦しそうな顔で上代くんが立ち上がって追いかけていた。助けて。私を助けて。上代くん。

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