学校が終わって、家に帰るなり私は自分の部屋に篭った。制服を脱ぎ捨て、肌着姿でベットの上に飛び込み毛布に顔を擦りつける。考えてみると、私にはこんなだらしない姿を見せられる程信じている相手がいないことに気づく。いや、一人いた。花苗だ。だけど私は彼女のことを受け入れきれなかった。そんな私を彼女は許してくれるだろうか。彼女が舐めた頬を触る。悲しくなって、寂しくなって、泣いた。日が傾いて、夜になるまで泣き続けた。時刻は夜の七時。私はいつの間にか眠くなって、眠ってしまった。


「湊、あそこに行こう」

 私と花苗は人の多い大通りを歩いている。これは、夢なのだろうか。私たちはまるで恋人のように手を繋いで離れないようにしていた。これは私が抱いている理想なのだと理解するのに時間はかからなかった。

「あの店は新しくできたパン屋さんで、とても美味しいんだってさ。買って帰ろうよ」

「そうだね。花苗は何が良い?」

「私は、そうだな、アップルパイ」

 どうやらこの夢の中の私たちは一緒に暮らしているようで、外見も今より少し大人びたものになっていた。私は何をどこまで望んでいるのだろうか。夢の中の会話は続く。

「今日は亜紀の誕生日だから、ケーキも買わなくちゃ」

「そういう意味では、プレゼントも買わないとね」

「あ、危ない、忘れるところだった」

 亜紀って誰だ。そんな名前の友達は私たちの周りにはいないはずだ。夢の視点が私たちの手首に移る。二人の左薬指には指輪が嵌っていた。どういうことだ。謎が深まる。

「私たちの娘ももう三歳か」

「だね。あっという間」

 答えは簡単だった。亜紀は私と花苗の間にできた娘で、私たちは結婚していた。夢の中でならばなんでもありだから、こんな世界があり得るのだろう。私はこの夢を見させる無意識の自分に気持ち悪さを覚えた。


 すると、夢の中の私は突然倒れ込んだ。

「湊、どうした。大丈夫?」

 倒れ込んだ私を見て、花苗が心配する。私が倒れ込んだことで周りを行き交う人々も私たちに注目し始める。夢の中の私はとても苦しいそうだ。次第に私の体がどういうわけか変質しはじめた。

「な、何これ……」

 夢を見てる私の視点が夢の中の自分の視界に切り替わる。指先から何かが生え出している。それは急速に成長を始めて、次第に自分の身長よりも長い触手になった。次第に髪の毛の感触もおかしくなってきた。

「湊、何これ。髪の毛も蛸足みたいになってるよ……」

 私は訳がわからなくなった。夢にしては感覚がリアルのなのだ。髪の毛と指から生えた触手が目にも止まらぬ速さで自分の意思に反して動き始める。やめて。これ以上はやめて。このままだと、私、人を食ってしまいそうだ。その思いも虚しく左右十本の触手と無数の髪の毛は野次馬たちを捕まえて、私の元まで運んできた。やめて。やめてくれ。


 私は異様に開いた口で触手に捕まえた人々を一人、また一人と食べ始めた。

「ああ!」

 人の味がする。異常なほどに人を食べた感触がする。横にいた花苗は怯えた顔をしていて、後退りしていた。私は次から次へと、逃げ惑う人々を触手で捕まえて食べる。だめだ。衝動を抑えられない。どうなっているの。この夢は。次第に私の視点は花苗の方を向いた。

「ご、めん……」

 泣きながら私は花苗を触手で捕まえる。

「や、やめて湊。いや!」

 私は彼女を食べてしまった。泣きながら食べた彼女の味はとても苦しい物だった。


「はっ!!」

 私はすぐに飛び起きた。息が切れている。時計を見ると時刻は午前二時。私は自分の部屋にいて、肌着のまま眠っていた。夢だった。でもやけにリアルだった。私は髪の毛を触る。あれ。おかしい。いつもと感触が違う。まるで、タコやイカの足のような感触がする。私は慌ててそばに置いてあった小さい鏡を見つめる。

 

 そこには、髪の毛が蛸足のように変化し、左目の色がピンク色に変わり果てた恐ろしい自分の姿があった。

「え……」

 動揺する。息が苦しい。改めて鏡を見るとやはり姿は変わってない。これは夢だ。誰かそう言ってくれ。そう思った瞬間、鏡をよく見ると私の後ろに人影があることに気づく。


 私は恐る恐る後ろを振り向いた。そこには、

「お、やっと気づいてくれた」

 姿を消したはずのクラスメイト、上代真人が何食わぬ顔で居た。

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