絶望少女とクラーケン

絶望少女

 青い空を見ると私は絶望する。あの色はあまりにも綺麗で感動するのと同時に、綺麗になることができないと思って、ため息を吐く。この教室は今日も煩くて、いつも通りに生活が営まれている。一つ変わったことがあったとするならば、クラスメイトの上代くんが失踪したことだ。彼は周囲からとても愛されていたと思う。そんな人が突然姿を消した。クラスのみんなはいろんな噂を立てている。ストレスを抱え込んで家出しただの神隠しにあっただの。私はそのどれも信じる気にはなれなかった。なぜなら、私は彼を信じているからだ。彼がそんな理由でいなくなるはずがない。そう思っている。だけど、みんなの噂を否定できるほどの根拠は持っていない。私は居なくなった同級生の名誉を考えて、また絶望した。


「お前さ、何でいつも暗いんだよ」

 昼休み、偶然隣の席で喋っていた男子の一人からこう言われた。名前もよく覚えていない奴だった。私は無視をしようと決め込んでその場を離れようとする。すると、相手は私の手の付け根を掴んで離さなかった。

「ちょっと待てよ。何も言わずに離れるのは酷くないか」

 私はこの男にとてつもない不快感を覚える。腕を動かしたいがなかなか離してくれない。私は思わず、

「離して……」

「えっ?」

「離してってば!」

 思わず大声を出した。すると、あたりが驚いてこちらの方を一斉に見つめる。奴は教室中に流れる空気を読んで、私の腕を離した。

「わ、悪かった……」

 私は何も言わずに教室を出た。こんな男、大だこの触手に捕まって、そいつに喰われればいいのに。そんな酷いことを考えて、またしても絶望する。ああ、なんて酷いことを考えているんだ私は。いつの頃からだろうか、私は自分を傷つけた相手のことを考えて、大だこの餌にでもなってしまえばいいものをと考えるようになった。なぜ大ダコなのかいうと、私自身が蛸の触手の気持ち悪さ加減が好きだからである。こんなこと考えても全然得にはならない。それでも考えてしまう自分が少しばかり苦しかった。


 廊下の窓辺で空を見上げる。空は青くて苦しい。かといって地面を見るのも気分が乗らない。私は何をしているのだろうか。思わずため息が溢れる。そうしていると、花苗ちゃんがそばに寄ってきた。

「また考えごとしてるの湊?」

「またって、いつもじゃないでしょ」

「でも、湊はいっつも何か考えているよね」

 花苗ちゃんは私にとって数少ない友だちの一人だ。一年生の頃からの付き合いで、ここまで深く話せる相手は彼女くらいしかいない。花苗ちゃんには私が考えていることなどお見通しのように感じていて、私は彼女のことを多かれ少なかれ性的な目で見ている。

「花苗ちゃんには何でもお見通しか」

「私にも湊の見通せないところはあるよ」

「えー。なになに、教えてくださいよ花苗様ー」

「湊の心の闇」

 その瞬間、何か私の中で違和感のようなものがした。花苗ちゃんは話を続ける。

「湊ってさ、心のどこかに闇みたいなものがあると思うんだ。私はそれがどんな物か知りたいし助けたい」

 彼女は私の手を握って、私に寄りかかった。やめて。それ以上近づいてこないで。私の心が乱されていく。

「湊、私、どうしちゃったんだろう。あ、あなたのことが好きなの」

 そう言って彼女は、周りに誰もいないことを確かめてから私の頬を舌で舐めた。彼女の顔は少し恍惚していて、私はこの突然の出来事に理解が追いつかなかった。だから、

「何、急に、気持ち悪い!」

 と、花苗に言い放ってしまった。私は彼女から手を離して、走り出す。

「待ってよ、待ってよ湊!」

「うるさい、あんたなんかタコに喰われればいいのよ!」

 こんな、こんなはずじゃなかった。本当は私も彼女の言葉を受け入れてそれから。それから。あれ、言葉が出ない。走りながら私は泣き出した。頬には彼女の唾の感触が残っているのに。


 またしても、自分に絶望した。

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