龍
絵梨華は背中に生えた悪魔のような翼で空を飛びながら‘獣の巣‘を探している。一方で翼のない僕は彼女の後ろを地上から全力で追いかけることしかできなかった。
「ねえ、絵梨華さん、巣って簡単に見つかる物なの、しかもやっぱり人の中にあるの?」
僕は空を飛ぶ彼女に聞こえるような声で疑問を尋ねた。今夜は彼女に説明を求めてばっかりだ。
「その通り。巣を宿している人物はさっき君が見ていた夢で大体の位置は掴めている」
「そうなんだね」
どうやら思っていたよりも簡単に探し出せるらしい。僕は気になったことを矢継ぎ早に尋ねることにした。
「ついでに聞くんだけど、夢に出てくる獣ってなんなの?」
「夢に出てくる獣たちは、本来は人の無意識の世界に住んでいるもので、種族によっては人の夢を経由して人の体を現実で乗っ取って、その体で人を毎晩食い続けている」
「どうしてそんなことするの?」
「彼らの生き物としての本能としか言いようがない」
「そっか……」
すると、僕の体が急におかしくなった。その場で倒れ込む。絵梨華もそれに気づいてすぐに地面に降りた。
「う、うう……」
「おい。おい大丈夫か?」
「く、苦しい」
「急がないと。君の体が乗っ取られてしまう」
「そうしたらどうなるの?」
「まず、お前の人格が完全に封じられてしまう。次に……」
「次に?」
「説明は後だ。君を抱えて巣まで行かないと。時間がない」
「う、うん」
そう言われて僕は彼女にお姫様抱っこをしてもらって空を飛ぶ。彼女は見かけによらずタフだ。
四分くらい飛んで、絵梨華が何かに気づいたような表情をする。
「もうすぐ着くぞ」
「え、ここって……」
目の前にはこの街では大きい方の病院があった。そこには、
「こことは?」
「真希……」
「真希って誰だ?」
「友達」
この病院には、幼馴染の真紀が入院している。理由はよく知らない。だけどなんだか嫌な予感が僕の心を支配した。
病院の屋上に降りた僕らは、そのまま絵梨華の記憶を頼りに巣を宿している人間の元まで直行する。すると絵梨華は一つの病室の扉の前で歩みを止めた。
「ここだ」
彼女は扉を開けた。
目の前には三人の男女がいて、その三人とも体の一部が変質している。
「なんだこれは……」
三人ともうなされている。それぞれの顔をよく見るとそこには、
「真希!」
真希がいた。
絵梨華は三人の様子を見てからこう言った。
「残念な知らせだが、龍たちの巣を宿しているのは真希ちゃんだ」
「そんな」
そんな。そんなことがあるのか。真希の様子を見ると、彼女の背中からは服を破って翼が生えていて、薄明かりに照らされた髪は緑色をしていた。
「うっ」
僕はまたしても体に痛みが走った。
「大丈夫か?」
「大丈、夫じゃ、ないみたい。ぐはっ!」
その瞬間、背中が心地よくなったのを感じた。僕は恐る恐る背中の方を向く。僕の背中から翼が生えている。
「急がないと」
絵梨華が真希の夢を食べようとしたその時。
「うううわ!」
向かいにいた病人が突如として絵梨華に襲いかかる。
「くっ」
彼女は咄嗟に病人の攻撃を回避し、手刀で相手の首元を叩いた。
「ぐはっ」
病人はその場で倒れ込んだ。絵梨華はすかさず病人の首元を噛んだ。
「うはっ。うはっ……」
病人はみるみる力を失い、髪の色や変質していた体が元に戻って行った。
「あ、ありがとう」
「礼には及ばない。でもまずいな。今ボクは夢を食べてしまった。ボクの体質だと今夜はあと二人分の夢を食うので限界だ。要するに、真希ちゃんの夢を食べないと、君かここにいるもう一人の人間が助からなくなる」
「そんな……」
「すぐに真希ちゃんの夢を食わないと……」
絵梨華が立ち上がった次の瞬間。もう一人の病人が襲いかかった。相手は左腕が変質していて、鋭そうな爪を生やしている。絵梨華はかわそうとしたが間に合わず、爪による攻撃をもろに受けてしまった。
「ぐっ!」
彼女の左腕から多量の血が流れる。病人はまたしても彼女に襲いかかるが、やはり彼女の方が上手だったらしく、病人の急所をつく。相手が気絶したのを見計らって、すぐに相手の首元を噛み付いた。彼女の腕からは血が流れ続けている。その血の色は虹色をしていた。
「まずいな。これでは巣を叩けない」
深傷を負い、しかも一日の限界量を食ってしまったという絵梨華はとても苦しい表情を浮かべている。真希の表情は刻一刻と深刻な物となっていた。
「ねえ、僕にも夢を食うことってできるの?」
「ああ、今の君ならできるとも。ただし、仮にそれをしたら君はボクと同じ存在、獏となる」
「獏って?」
「人間と獣の中間にいる種族。人の夢の中に現れる獣を食うことで生きている。獏は夜にしか現実に出てこれない……」
僕はもう一つ気になることを確かめる。
「他にも、他にも特性があるんでしょ」
「ああ。漠になったら、誰かに共食いしてもらわない限り不老不死だ。ボクも獏になった十五歳の時の姿でずっと生き続けている」
「……」
僕は真希を見つめた。真希を、彼女を助けたい。
「まさか、君、真希ちゃんの夢を自分で食べようとしてないだろうな!」
「ああ、バレちゃった?」
「その表情を見てれば誰だってわかる。しかし、よく考えろ。そんなことしたら君は二度とお日様を拝めなくなるぞ!」
僕は絵梨華の話を聞いて、真希の横に座りこむ。
「いいんだ。彼女との約束のためなら……」
「よせ!」
絵梨華の制止を無視して僕は、真希の首元に噛み付いた。もう、後戻りはできない。
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