夢食いの夜(original version)

石嶋ユウ

夢食い少女と龍

夢食い少女

 授業中、僕は突如として動悸が収まらなくなった。僕はその場に倒れ込んで、それから、周囲の心配する声が聞こえて来る。体の中で臓器たちが破裂したような感覚がする。死ぬのか。そう思った時、背中に何かが生えたような感覚がした。

「おい、上代。それはなんだ……」

 先生の声がする。僕の体はどんどんおかしくなってゆく。指先が獣のような爪になり、口先の歯も牙のような形に変わって、人を喰いたいという衝動も抱き始めた。

「来ないで!」

 僕は慌てて警告した。このままだと本当に人を食ってしまいそうだ。だけど、周囲のみんなは離れようとしない。むしろ近寄ってくる。衝動が抑えられなくなってきた。食いたい。食ってしまいたい。だめだ。だめだ、だめだ。

 ああ。もう抑えられない。

「上代くん……」

 目を上げるとそこには同級生の女の子が心配そうな顔でこちらを見ている。僕はなりふり構わず彼女の首元に噛み付いた。

「きゃあ!!」

 その子は悲鳴を上げたきり動かなかった。僕は彼女の死体を服ごと食らいつく。自分でも自らがしていることが理解できない。周囲のみんなはその様子を見てすぐに逃げ出した。一通り食らい尽くして僕は、誰も居なくなった教室を見回す。

「どこだ。どこにいる」

 化け物となった僕は他の食べ物を探して、背中に生えた翼で飛び立った。その姿はまるで、龍みたいだ。


「はっ!!」

 平日の深夜一時。僕は飛び起きる。動揺のあまり息切れがひどい。どうやら今のは夢だったようで、夢にしてはとても現実感があって気分が悪い。自分の部屋で一人きりでパニックになっている。思わず部屋を見回す。すると、おかしいことがあった。窓が開いている。寝る前に閉じておいたはずなのに。さらに部屋を見回す。すると、天井に人が逆さに立っていることに気がついた。

「お、やっと気づいた」

 僕が叫ぶよりも前に相手の方が喋りかけてきた。夜の明かりに照らされてうっすらと見えた相手は十代くらいの少女、黒のミニドレスを着ていて背中からは悪魔のような翼が生え、顔を見ると小顔で整ってはいるのだが、赤みがかったショートヘアに赤と黒のオッドアイが不気味さを出している。

「驚かないで、ボクは絵梨華。たった今、君は自分が龍になって人を食う夢を見たでしょ」

 淡々とした口調で少女は、絵梨華は僕がさっき見ていた夢の大筋を言い当てた。

「どうして、そのことがわかるの?」

 僕は恐る恐る彼女に尋ねる。

「どうしてって。あなたの夢に入り込んで様子を見てた」

 僕は状況が理解できなくなってきた。彼女は微笑んでからヒールを履いた足を天井から離して空中で一回転すると地面に降りた。その時彼女が降りた衝撃は伝わってこない。僕が絵梨華に説明を求めようとしたが、彼女はそれよりも前に説明を続けた。

「今、君は獣夢を見た。それが意味するのは、君が人間ではなくなりつつあるということ。明かりをつけて、鏡か何かで自分の顔を見なさい」

 ますます状況が飲み込めない。僕は言われるがままに立ち上がって部屋の明かりをつけ、スマホの内向きカメラで自分の顔を確かめた。そこには自分ではない何かが写っていた。

「これって……」

「そう。それが人間ではなくなりつつある証拠」

 僕の目はもともと両目とも黒で髪の毛も真っ黒だった。だけど、今の自分は左目が青色に変わっており、髪の毛もところどころ黄色に変色している。訳がわからなくなって、僕はその場で膝から崩れ落ちた。

「これは元に戻るの?」

 絵梨華に尋ねる。

「戻る。ボクが君の夢を食えば」

「それってどうやって?」

「簡単だよ。君がまた眠って夢を見ればいい。君が寝てる間にボクが君の首元を噛んで夢を食う。そうすれば君は人間でいられる」

 そう言われてもよくはわからなかったが、僕は元の姿に戻れると聞いて安心できた。

「寝ればいいんだね」

「そう」

 深夜一時半。僕は彼女に夢を食べてもらうため、すぐにまた布団を被って眠りについた。


 夢の中、龍になった僕は校舎を飛び回っている。獲物探しているが誰も見当たらない。

「どこだ、どこにいるんだ!」

 そう言って、それから、何も見えなくなって。真っ暗な世界になった。人間の姿に戻った僕は真っ暗な世界で一人ぼっちでいる。自分の姿が水面に映る。そこには元の自分の姿があった。人間として戻ってこれたようだ。だけど、遠くで何かの鳴き声がする。鳴き声はどんどん近づいてくる。目の前に大きな青と黄色の龍が現れ、僕に襲いかかった。


「ああ!!」

 龍が僕に襲いかかる瞬間で夢は途切れ、またしても目が覚めた。今度は目の前に絵梨華が深刻な顔をして、僕の上に跨っている。距離が近い。

「うまくいったの?」

 僕は彼女に聞く。

「だめだった……」

「どういう、こと?」

「違う人の夢から龍がまたやってきた。どうやら、この近くにいる誰かの夢に獣たちの巣があるようだ」

「巣って?」

「夢に現れる獣たちにも巣があって。それが一つできると、何匹もの獣が集まって大勢の人々の夢に入り込む。その結果、何人もの人々が今の君と同じことになる」

「そんな……」

「とにかく。巣を探すしかない」

 絵梨華は立ち上がって、開け放たれている部屋の窓の前に立った。僕は自分の身のこともあって、彼女を放っておくことができなくなっていた。

「ねえ。手伝おうか」

「いいのか?」

「僕自身のこともあるし、手伝うよ」

 彼女は一瞬だけ表情が無になった。考え込むような顔だ。考えて、彼女はこう答えた。

「そうか。じゃあ頼む。そういえば名前を聞いてなかった。名前は?」

「真人。上代真人」

 それから、僕は玄関から家の外へと飛び出した。自分の身を救うために。

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