第23話 改造人間サマーン~王女とTシャツ変~

その日、俺は、バイトで監視対象者の尾行をしていた。

いつもどおりの、何ということもない日だった。

ビルの上から、女が、降ってくるまでは。

突然、俺の上に、その女は、降ってきた。

白いドレス姿の、金髪、碧眼の美女だった。

俺は、女の下敷きになったまま、その女を見上げて言った。

「あんた、俺じゃなかったら、大惨事になってるとこだったぞ」

「ごめんなさい」

あきらかに外国人の女だったが、流暢な日本語で言った。

「私、その」

「あ、あそこだ!」

数人のダークスーツの男たちが、こっちに来るのが見え、女が立ち上がって、走り出す。

男たちは、俺には、目もくれずに、女の後を追って走っていった。

「何だ?」

俺は、結局、その日、尾行に失敗してしまった。


家に帰ると、兄貴から伝言が残されていた。

録音されたテープを再生すると、兄貴の声が。

『おおっ、無事に帰ってきたか、弟よ。俺は、今から、スナック『桶狭間』で、スタッフの慰安会を開く。しこたま、飲むので、迎えに来るように。なお、このテープは、再生後、30秒で爆発する。よろしく!』

デッキごと、そのテープは、爆発した。

俺は、カミナリ様状態になって、怒りに震えながら言った。

「なんのための爆発だよ!」


いつも、閑古鳥の鳴いているスナック『桶狭間』だったが、今日は、盛況だった。

俺は、ドアを開けて、中に入っていった。

「いらっしゃい」

ママが、笑顔で言った。

俺は、カウンターに座って、店内を見回した。

「アストロ団の連中は?」

「ああ、二次会とかいって近所のカラオケ屋さんに行ったわよ」

「そうなんだ」

ママ一人で大変そうなので、俺は、閉店まで店を手伝ってやることにした。

なに。

兄貴たちは、朝までコースで遊んでいることだろう。

「ママ、じゃあ、俺、もう行くよ」

ゴミを捨てて、裏口の鍵をカウンターに置いて、俺は、店を出た。

カラオケ屋の近くまで行くと、俺は、公園によって少し、休んでくことにした。

俺は、公園の隅の自動販売機で、缶コーヒーを買って、ベンチへと向かった。

すると。

そこには、先客がいた。

ホームレスとかじゃない。

いや、ホームレスなのか?

そこには、あの、昼間の白いドレスの女が横たわっていた。

女は、スウスウ、寝息をたてて、幸せそうに眠っていた。

だが。

さずがに、このままには、しておけない。

この辺りには、変質者も多い。

間さんとか、間さんとか、間さんなど。

俺は、女の肩に手をおいて、そっとゆすっった。

「おい、あんた、こんなとこで寝てたらだめだぞ」

「ぅ、、ん」

女は、小さく呻いて、目を開けた。

美しい、青い瞳の女だった。

「あ、あなたは」

女は、ゆっくりと体を起こした。

「確か、昼間の方、ですね?」

「そうだよ」

俺は、言った。

「なにか、訳ありなんだろうけど、ここで寝るのは、やめとけよ」

「でも、私、この国に他に知り合いもいませんし、どこにも、行くところがないのです」

女が、言うので仕方なく、俺は、女を一晩、家に泊めてやることにした。


家に連れて帰り、風呂を沸かしてやると、女は、喜んで言った。

「ありがとう、えっと」

「サマーン」

俺は、余計なことに巻き込まれたくなかったので、そう名乗った。

女は、にっこり笑って言った。

「ありがとう、サマーン」

風呂から上がって、俺の服を着た女は、そのまま、すぐに、俺のベットで寝てしまった。

俺は、床に布団をしいて眠った。


翌朝。

兄貴は、帰ってこなかった。

どうせ、また、遊び呆けているのにちがいない。

女は、俺が目を覚ますと、消えていた。

枕元に、手紙があった。

『お世話になりました。このご恩は、忘れません。Tシャツ、ありがとう。アリシア』

「アリシア?」

その時、目覚ましがわりにセットしていたテレビがついて、アナウンサーの声が聞こえた。

『ヨーロッパのアルトニア王国から来日されている、アリシア王女は、本日、天皇陛下の開かれる晩餐会に、、』

テレビには、あの女が写っていた。

「ああ?王女様、だあ?」

テレビのインタビューに答えた王女が言った。

『この国の人は、優しくて、素晴らしい国民性をお持ちです。特に、このTシャツをくださった方は、忘れることができません』

王女は、そういって、俺が、昨夜、貸してやったTシャツを広げて見せた。

そのTシャツの胸元には。

『やめてください。死にそうです』

と、書かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る