第20話 改造人間サマーン~馬肥える秋変~

「これ、よかったら、お裾分け」

バイト先の探偵事務所の所長から、大量のさつまいもをもらった俺は、それを家に持ち帰った。

炊き込みご飯や、豚汁に入れ、レモン煮を作り、はては、大学芋にもした。

毎日、食ったが、なくならず、兄貴も、俺も、もう、芋には、飽きてしまった。

俺は、イモを蒸して、ふかし芋にして、スタッフルームに差し入れしてやった。

「わぁ、お芋だ」

メガネっ娘 川島さんが、笑顔で言った。

「ありがとう、サマーン」


また、ある日は、お隣の前川さんから、栗をお裾分けしていただいた。

お隣の前川さんは、年配のご夫婦だったが、なんでも、二人で栗拾いに行ったのだが、大量に取りすぎて二人だけでは、食べきれないとのことだった。

ありがたくいただいた、俺は、やっぱり、炊き込みご飯にしたり、渋皮煮にしたり、いろいろ料理して食べたが、なくならず、兄貴も、俺も、栗に飽きてしまったので、仕方なく、やはり、スタッフルームに差し入れした。

「クリ、か。ふふっ」

何か、隠微な笑いを漏らした田中君だったが、とにかく、喜んではいたようだった。

そして、そのまた、別の日には、サンマをスナック『桶狭間』のママからいただいた。

何でも、お客さんの中に、半年に一度やって来ると言う漁師さんがいて、今年は不漁の筈のサンマがその日、珍しく、大漁だったからといって、持ってきてくれたのだとう。

俺は、七輪で焼いて、すだちを添えて、夕飯に出した。

兄貴は、喜んで、食っていたし、俺も、美味しくいただいた。

だが、やはり、大量で余ったので、スタッフルームに差し入れした。

「サンマか。初物、ですね」

間さんが、にんまりした。

「冷凍しますか?サマーン」

「いらねえよ」

俺は、言った。


そんなある日。

「直之。お前、太ったな」

兄貴が、俺に言った。

俺だけじゃなかった。

兄貴も、すっかり貫禄が出ていた。

「ちょっと、最近、差し入れが多かったからなぁ」

「うむ」

兄貴が言った。

「確かに、うちのスタッフの連中も、太ってきているようだし」

もともと太っていた安井さん以外のメンバーも丸々と肥えていた。

つやつやに、ぱん、と膨れ上がった田中君が、俺に、はあはあ、いいながら、言った。

「肉弾戦が、たまらないよね、直之」

「してないし、しないから」

俺は、言った。


「今日の議題は、ダイエット問題について、だ」

アンパンチな感じに太った兄貴が言うと、デブリゲンな状態になった雅と、デブリングな美人助手2号、文子が拍手した。

大中小のデブとなっている、安井さん、間さん、メガネっ娘 川島さんも、ポテチを食べながら、真剣にきいていた。

俺は、太りすぎて腹がつかえて苦しいために、ため息をついた。

田中君が、そっと、俺に耳打ちした。

「デブもいいよね、肉感的で」

「あ、そうなんだ」

俺は、背筋がぞっとして、冷や汗をかいた。

「まず、第一に、もう、誰からのお裾分けも受け取らないこと、これが重要だ」

確かに。

俺は、頷いた。

このデブデブ地獄から、抜け出すためには、人と人との絆など、問題にしている場合ではなかった。

「これからは、勇気を出して断ろう!」

俺たちは、激しく同意していた。

「第二に、もう、食べ過ぎないこと。腹は、常に、八分目まで、だ」

それは、そうだ。

俺は、思った。

それは、健康のためにも、大事なことだった。

「そして、第三に、運動、だ」

もちろん。

俺は思っていた。

それは、欠かせないことだった。

「がんばって、痩せるぞ!」

兄貴が叫び、全スタッフが、拍手した。

俺は、思った。

悪の組織、アストロ団発足以来、こんなにも、俺たちが、団結したことがあっただろうか。

俺たちは、一体感に包まれていた。

そのとき。

玄関の呼び鈴が鳴り、雅が返事をしながら出ていった。

『サド子の部屋』の支配人の笹山さんだった。

「これ、いいのが手に入ったので、ぜひ、田中様たちにと、お持ちしました」

それは。

秋の味覚の王さま、松茸、だった。

それも、大量に。

「もちろん、全部、国産です。田中様に、偽物などお持ちできませんから」

笹山さんは、言った。

俺は、雅が苦しむ姿を目の当たりにしていた。

ここは、断るべきだった。

だが。

松茸。

しかも、国産、だ。

悩んだ末に、雅は、それを受け取った。

俺たちは、みんな、頷いていた。

その日は、みんなで、松茸パーティをした。

「ダイエットは、明日から、だ!」

俺たちは、言いながら、松茸の炊き込みご飯をがつがつ、食った。


「すべては、秋が、悪いんだ」

間さんが、言った。

もう、涼しくなる頃にもかかわらず、俺たちは、部屋にクーラーをかけていた。

全員、デブなので、暑がりなのだ。

「そうよ。決して、私たちが、意志薄弱な訳では、ないわ」

見る影もなく、肥太った文子が言うと、デップリとした雅が頷いた。

「初めて、あなたと、わかりあえたわ」

「本当に」

二人は、抱き合って、友情を確かめあっていた。

本当に。

俺は、思っていた。

始まって以来、最高に平和だった。

「デブは、世界を救う」

兄貴は、言った。

俺たちは、全員、それに、賛成だった。



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