第25話 土方雪枝は妹である③

西武秩父駅で昼食を済ませ、徒歩で最寄りの秩父鉄道お花畑駅に移動。秩父鉄道に乗り換えて、終点の満峰山頂駅で降車。


かつては満峰口駅から山頂の神社までロープウェイが通っていたそうだけど、今はもう廃止されていて神社までの公共交通機関はバスがあるだけ。もちろん、私達は満峰神社の参道でもある登山道を登る。


流石に9月では紅葉は見られなかったけど、奥秩父の空気は思っていたよりも涼しかった。そして登山道は峻険という程きつくはなかったので、私達は予定通りに予約していた宿坊・至雲閣に到着することが出来た。


そして、その夜。麓の秩父市内では突然何処からか怪物の群れが現れ、街や人々を襲い始めたのだ。そのため、私達はそのまま満峰神社から帰れなくなってしまった。


テレビのニュースやインターネットの情報では詳しく事はわからないけど、SNSの動画で見た限りでは確かに怪物のようなものが写っていた。


こうした事態に、みんな一時的にパニックになってしまったけど、携帯電話で家族と連絡が取れ、「ここで救助を待とう」という引率の先生の力強い呼び掛けで落ち着きを取り戻した。


当初、私達は帰れない不安はあるものの、宿坊のライフラインは生きていたので生活の不便は無かった。だけど、満峰神社が周辺地域の避難場所に指定されて周辺の住民や私達同様に帰れなくなった観光客、登山客が避難して来たため、私達は弱者に宿坊の部屋を譲る事となり、国防軍のヘリが投下した大型膨張テントで寝泊まりするようになった。


まあ、みんなそもそもがワンダーフォーゲル部に入るくらいだからテント暮らしも大して苦にはならない。なので、救助されるまでの間、私達はこの避難所で学生ボランティアとして働く事にした。これには忙しくする事により不安を誤魔化そうという引率の先生の思惑もあったのだけど、そうした配慮は有り難かった。


そうして、多忙な数日間を過ごした頃、遂に国防軍の大型ヘリが私達の救出のため飛来したのだ。


最初に飛来した大型ヘリが駐車場に着陸すると、何十人もの兵隊さんが降りてきて、すかさず着陸地を守る陣地を作り出した。そして、予め選別されていた災害弱者のメンバーが兵隊さんに誘導されてヘリに搭乗し、そしてヘリは離陸していく。


しばらくすると、2機目の大型ヘリが飛来して来た。そして、この機に私達は乗って救出される事になっていた。何故なら私達は未成年の旅行者という事で、立派な?災害弱者にカテゴライズされるから。


そして、いざ搭乗というその時、一人の若い男性(大学生だろうか)が、自分には喘息の持病があり、今は薬を切らしてしまい、いつ発作が起きるわからないからと、要するに自分を乗せろと要求して騒ぎ出したのだ。


その男性の横にはその彼女と思われる綺麗な女の人がいて、その男性を汚物を見るような蔑んだ目で見ていた。


と、その時。不意に"このヘリには乗らない方がいいよ"という優しげな若い女性の声が耳元で聞こえたのだ。それは悪い予感というものではなく、今はここに残った方が自分の人生にとってより良い、という感じのもの。


私はその男性に懇願されて辟易していた兵隊さんに自分の席を譲ると申し出た。ワンゲル部の先生も部員のみんなも当然大反対。曰く、あんなの嘘だよ、ゆっきー(私のことね)が譲る事ないよ、etc。


兵隊さんも渋い表情だったけど、そこは「喘息はストレスも発生原因となるし、もうこの生活が一週間続いているから、そろそろ危ないのでは?」と私が疑問を呈すると上官に報告したようだった。


結局、国防軍の救助隊では、その男性には喘息という事実がある以上無碍には出来ないとなり、その男性が私の代わりにヘリに乗る事になったのだった。


そして、私はワンゲル部の先生やみんなを再会を約束して見送った。そして、あの男性の彼女(だと思っていたけど違ったみたい)の女子大生と宿坊に戻ろうとした時、豚の頭の化怪物が群れを成して現れた。


目の前には聳えるような豚頭の巨体。体表には黒々とした剛毛がびっしりと生え、フゴーフゴーとふいごのような呼吸音。怪物は涎をたらし、残忍そうに私達を見て笑っていた。


怪物に襲われている人達の悲鳴がやけに遠くに聞こえた。それはそうだ。だって、目の前には豚頭の怪物がいて、私達を殺そうとしているわけだから。


女子大生のお姉さんは私と一緒に逃げてくれようとしたけど、私は怖くて動けなかった。お姉さんには先に逃げてと頼んだけど、私を背負おうとまでしてくれて。だけど、もう私達は逃げ遅れてしまったみたい。


次の瞬間には、きっと私達は死んでいる。まさか自分が秩父の山奥でブタの怪物に殴り殺されるとは思わなかった。こんな事ならヘリに乗った方が良かったかな。


だけど、そう思った次の瞬間、ブタの怪物は突然現れたオフロードバイクに、後輪で顔面から吹っ飛ばされたのだ。


「大丈夫?」


私達を助けてくれたバイクの操縦者から、そう声をかけられた。恐る恐るその人を見上げて見ると、その人は6歳上の家を出て行った長兄だった。もう3年以上会ってないけど、私の記憶にある姿より精悍で大人っぽくなっているけど、まぎれもない私の兄だった!


咄嗟に声が出なかった。どうしてって、だって、こんな所でこんな時に長兄に会うなんて思って無かったし。それに長兄に自分から呼び掛けた事なんて今まで無かったから。こんな時、何て言えばいいのか、何て呼び掛けたらいいのかわからなかったから。


「先輩、私です。中学高校の後輩の北川舞です。」


私が長兄、いや、兄さんに何て呼び掛ければいいのか悩んでいた隙を突いて、先にお姉さんが兄さんに声を掛けた。えっ、そうなの?って感じ。


それからの兄さんの活躍は凄まじく、人間離れした力と技で怪物を刀で斬り殺し、腕から発した雷で何体も倒してしまったのだ。何でそんな事出来るのだろう?


兄さんはお姉さんの事を思い出したようだけど、私には気づかない。私は尚もじっと兄さんを見続けたけど、結局、兄さんは私に気づかないままだった。


その後、私と北川さんは、兄さんの指示で宿坊に戻った。怪物の群れは兄さん達と謎の狼の群れと国防軍が全滅させたと後から聞いた。


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