第26話 土方雪枝は妹である 完結編
私は北川さんに助けてくれた事への感謝を伝えた。更に自分が土方竜太の妹であると告げると、北川さんは随分と驚いたようだった。
その頃には、私達が同じ地元の同じ中学校出身という事もわかり、親しくなって互いに"舞さん" "雪ちゃん" と呼び合うようになっていた。
二人でいろいろと話をするうちに、私は舞さんにずっと心の中に秘めて誰にも話せなかった事を聞いてもらう事となった。自分の家族の事、自分達家族が兄さんにしていた事、兄さんに謝りたい事、兄さんに助けてもらって感謝しているけど伝えられない事、そして、今回も助けてくれた感謝の気持ちを伝えたい事。
舞さんは私の話を一通り聞くと、「じゃあ今からお兄さんに会いに行って、その気持ちを伝えようよ」と言ってくれた。折角一つ屋根の下に居て、ご両親もいないのだからこんなチャンスは無いよ、と。そして、私と舞さんは宿坊内の兄が泊まっている部屋へと突撃する事となった。
宿坊の職員の方に土方竜太の妹だと明かした上で兄さんの部屋を尋ねると、その方からはあっさりと兄の部屋を教えてもらえた。
だけど、その部屋に行く途中のラウンジで、私達はばったりと兄さんに出会ってしまったのだ。
兄さんは一人ではなく、浴衣を着た中学生くらいの可愛い女の子と一緒だった。え?獣耳?どういう事?その女の子の頭にはピッと立った犬のような二つの耳がついている。
兄さんはソファに座り、獣耳の女の子はそのすぐ隣に座っている。何を話しているのか、全く聞き取れないけど、二人は楽しげな会話を続け、時折笑い声が聞こえる。
兄さんを見るその子の表情はとても楽しそうで、とても嬉しそう。そして、その子を見る兄さんの眼差しは私が今まで見た事もない、穏やかで、優しげで、慈しむようで。それは例えるならば、親愛の情を抱く、年下の異性の家族を見るような。
年下の異性の家族… えっ?それって、兄さんはあの子を妹のように大事に思ってるって事なの? ちょっと待って。兄さんの妹は私だ。今まで碌に喋った事も無かったし、一緒に何かした思い出も無い。それでも、兄さんの妹は私なのだ。だから、こうして2度も危ないところを助けてもらってもいるし。
父のせいで今まで兄さんとは兄妹らしい関係は何一つ作れなかった。だから、本来なら兄さんの隣で微笑んでいるのは、あの子ではなくて私なのだ。
私は、その光景を見て猛烈な嫉妬に駆られた。私の雰囲気が急に険しくなった事に舞さんは息を呑んで驚いている。どうしたの?と尋ねられたけど、私はそれには答えず、そのまま兄さんの前に歩み出て深々と頭を下げた。
「お久しぶりです、お兄ちゃん。妹の雪枝です。いつもいつも私の事を助けてくれてありがとう。」
「え?雪枝なのか?」
「はい。お兄ちゃんの妹の雪枝です。」
兄さんは、この突然の事態に驚き、獣耳の女の子は状況が把握出来てないようで、キョトンとした表情をしていた。
私は何もあの子と妹の座を巡って張り合おうという訳ではない。今までがどうあれ、私が兄さんの妹という事実は動かしようも変えようも無い事だから。
だから、私は実妹である余裕を持って獣耳の女の子を見る。彼女は私の考えがわかったのか、私にムッとしたやや鋭い視線を送ってきた。
そんな私とあの子の間でちょっとオロオロしだした兄さんの様子を、ちょっとザマミロと思ったのは、ここだけの話。
我が家の異常な家庭環境を考えると、私が兄さんとの関係を意識したのはこの時が初めてと言っても過言ではない。だから、私と兄さんの兄妹としての関係も、この時から始まったのだと思う。
とは言え、私と兄さんの関係が普通の兄妹のようになる事は無いのかもしれない。でも、どんな兄妹だって仲が良かったり悪かったり、縁があったり無かったりと様々なはずだ。だから、私はここからどうやっていいのか具体的にはわからないけど、手探りで時間がかかっても私達の兄妹としての形と絆を築いていきたいと思っている。
あの時、かなり恐かったけど、聞こえた声に従ってここ満峰神社に残って良かった。もしかしたら、ここの神様の御導きだったのかもしれない。いや、きっとそうなのだ。だから私は自信持って、誰に対しても声を大にして言うができる。
「私、土方雪枝は、土方竜太の妹である!」と。
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