第21話 北川舞の憂鬱①
突如現れて人々を襲う怪物達。ここ満峰神社は、その怪物達から命からがら逃げて来た人達の避難所になっている。
怪物に襲われてから何日も不安な中で待ち続け、今、漸く国防軍の大型ヘリが避難民救出のため飛来してきたのだ。
当然、そこには優先順位というルールがあり、救出は災害弱者から、となっている。それなのに、こいつは!
「お願いします。俺、喘息の持病があって、今日は吸入器持って来てなくて、いつ発作が起こるかわからないんです。」
子供、女性、老人を押し退けて自分を乗せろと陸軍の守備隊員に懇願するこの男。こいつは一体何を言っているのだろう?この男が喘息持ちだなんて初耳だ。私、北川 舞は、この目の前で繰り広げられている、自称『私の彼氏』のあまりの醜態に驚愕し、次いで呆れ、そして激怒した。私の20年の人生の中で、これ程他人に対して怒りを覚えた事は無い。
この男、川村 伸一は、私の大学の後輩だ。私は大学で民俗学を専攻していて、その研究サークルに所属しているのだけど、今年度の新入生としてこの男が入会してきたのだ。
この男、顔は一見して、所謂イケメンで、体型もスリムだ。清潔感もあって、さぞかしモテるのだろうな、というのが私のこの男に対する第一印象だった。だけど、私には中学の頃から片思いしている2歳年上男性がいるので、そうした客観的な印象しか持たなかったのが正直なところ。
私が長年片思いしている人は、一見ちょっと強面だけどハンサムで、クールだけど優しくって、強くって誰も敵わない、惚れた欲目が入っているけど、そんな人。
私はその人を中学校の入学式で見て一目惚れしてしまった。その人と接点を持ちたいが為にやった事も無い剣道部に入り、頑張って同じ高校にも入った。
兎に角、先輩は、この見た目がいいだけの軽い男とは全く違う。
でも、何故かこの男は、私の何が気に入ったのか、執拗に私にアプローチを続けたのだ。
最初は適当にあしらっていた私だったけど、この男、夏休みが終わるまでに満峰神社の山犬信仰についてのレポートを作製して、後期が始まってすぐ提出しなければならないという。そして、
「北川先輩、お願いします。一緒に満峰神社に行ってください。」
と、私は頼み込まれてしまった。
これが額面通りではなく、私へのドライブデートの誘いである事は、いくら私が彼氏いない歴史=年齢だって、それくらいは気付く。
この男、とにかく見た目はが良いから、大学内でも随分とモテているけど、私の好きなタイプでは全くないのだ。
私はこの時、片思いの先輩とずっと会う事が出来ず、内心、ほぼ諦めていたのだ。友達からも他の男性にも目を向けてみれば?とアドバイスされていて、全くタイプではなかったけど、長年の片思いを吹っ切る切っ掛けにでもなればと思い、この男の誘いに乗ってみる事にしたのだ。
しかし、待ち合わせ場所で、この男、川村の車の助手席に乗った私は、すぐに自分の浅はかな考えを後悔する事となった。
何故かと言えば、この男、運転しながら自分がいかに格好良く、女にモテ、実家が金持ちであるか、そんな自慢話が延々と続き、昼食(私は舞茸天ぷら蕎麦にした)後には、なんかもう彼女扱いで、更に馴れ馴れしくなったのだ。
"はぁ、めんどくさい、もう帰りたい。彼氏なんか要らないよ。"
そう思わずにはいられなかった。
そしてこの男、民俗学研究会では散々私にレポートについて、テーマを一緒に考えて欲しいと頼んでいたにもかかわらず、そうした話題は一切無かった。
更にこの男、満峰神社に着いても、貴重な建築物や独特な信仰形態など全く見ず、私に纏わり付いて、本当にウザったく、嫌になった。
しかもこの男、秩父市内にホテルを予約しているから泊まろう、などと言ってきたのだ。
もちろん断ったけど、そうしたら「じゃあ、どうやって帰るのかな?」などと脅してきて。私はここでブチ切れて、バスでもタクシーでも、歩いてでも帰るからご心配無く、と言って別れた。
もっとも、その頃には、もう夕方になっていて、満峰口駅行きの最終バスは既に出てしまっていたのだけど。
「舞ちゃん、強がってないで一緒に帰ろうぜ?」
大学では北川先輩と呼んでいたのに、いつの間にか舞ちゃんに呼ばわりになっていて、本っ当にうんざり。誰がこんな奴と一緒に帰るかっての!
私は川村を振り切って、神社の宿坊に駆け込み、どうにか一泊させてもらえる事となった。でも、この頃から私は何か胸騒ぎがして落ち着かず、とりあえず実家の母に満峰神社に一人で泊まる旨を携帯端末で連絡して、早々に寝てしまおうと決めたのだった。
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