第22話 北川舞の驚愕
宿坊の食堂にて。多くの宿泊者が食い入るようにテレビを見ている。怪物が群れをなして現れ、街で暴れ、人々を襲っているという臨時ニュースが流れ、SNSでも誰かが撮影したがアップされ始めた。そこには不鮮明ながらも、大きな鬼のような怪物が写っていた。
次第に明らかになっていく情報では、怪物は埼玉県の秩父地方、山梨県から長野県にかけてのほぼ秩父多摩甲斐国立公園に重なる地域に現れている、という事だった。
つまり、私がいる満峰神社は、そのど真ん中にあるといってよく、もし、あのまま川村の車に乗るなり、バスに乗るなりして帰っていたら、間違いなく途中で怪物に襲われて死んでいたのだ。
その後、政府から怪物が現れた地域の住民等は、最寄りの避難所へ避難するように勧告がなされた。そのため、満峰神社へ避難した私を含めた避難民も、救助隊が来るまでそのまま滞在しなければならなくなった。
幸い、今のところ各ライフラインは生きており、食糧なども神社側の備蓄分があり、更に国防軍からヘリなどで投下供給されるので、贅沢を言わなければ不自由は無かった。
そうした訳で、もう暫くここで頑張っていれば、実家は無事だったので、私はこの事態から逃れられる、と考えていた。
川村は、この間も実に鬱陶しく、ウザかった。曰く、「舞ちゃんが満峰神社に行こうとか言うから俺まで巻き込まれた。責任とって彼女になってよ。」だそう。
断じてそんな事は言ってない!本当にクソだな、この男は。
事件が発生してから8日目。漸く満峰神社に国防軍の大型ヘリが避難民救出のため飛来。今までは緊急度や重症度が高い傷病者をヘリで個別に輸送する事はあっても、多数の避難民を大型ヘリで救出するのは、ここ満峰神社では初めての事だ。
私は当然、健康な成人女性なので、この第1便で救出されるとは思ってなかった。しかし、川村は飛来して来たヘリに眼の色を変え、俄かに喘息の持病持ちになって、自らの救出を要求したのだ。
私はこんな嘘がまかり通る筈がないと、あの男を怒りを込めて見ていたけど、兵隊さん達もあの男の申告を、このような状況下で虚偽と決めつける事も出来ない。結局、一人の女子高生が「私が席を譲ります。」と言ったため、奴が救助ヘリ第1便の席を得る事となってしまった。そんな馬鹿な!
「舞ちゃん、俺がきっと助けに行くからね?」
そんな戯言を抜かして、喜々としてヘリに乗り込むべく兵隊さんに誘導されて行く川村。私はあの男に貴重な命の席を譲った女子高生に
「お姉さん、あんな男とは付き合わない方がいいよ?」
と、忠告とも慰めともつかない言葉をかけられて落ち込んだのは、また別の話。
私が、土方雪枝ちゃんという、その女子高生と宿坊へ戻ろうとしていた時、遂にこの満峰神社にもあの怪物が現れてしまったのだ。
突然、大型ヘリが駐機している駐車場の周囲から現れた怪物は、豚の頭部を持つ巨体の人型。よくファンタジー系の小説やアニメに出て来るオークという奴だろうか?そのオークの大群が襲いかかって来た。
蜘蛛の子を散らすように、悲鳴を上げて逃げ惑う避難民達。それでも、次々とオークに無慈悲に殺されていく。
とても現実とは思えないその光景に私は絶句。なんで私が、つい先日まで普通に大学生していた私が、こんな嘘みたいな豚の化け物に人が殺される地獄にいなきゃいけないのだろう?
だけど、だけど、このままじゃ私も殺されてしまう。
私は雪枝ちゃんの手を引いて逃げようとしたけど、彼女は動かなかった。いや、動けなかった。
「お姉さん、先に逃げて。私、怖くて動けないの。」
だからといって、彼女を見捨て私一人でなんて逃げる事は出来無い。こう見えて、私だって土方先輩とお近付きになるためという下心が動機とは言え、剣道を中一から始めて今はもう三段なのだ。JKの一人くらいおんぶして逃げてやる。
それに、きっと土方先輩もそうするはず。
「私が背負うから、早く!」
「そんなの無理だよ。早く逃げて。」
でも、この遣り取りの時間が命取りになってしまった。ゾクっとするような圧迫感に、振り向いてみると、一体のオークが巨大な斧を今にも私達に振り下ろそうとしていた。
その瞬間、いろいろな思いが心の中を駆け巡った。私はここで死ぬんだ。お父さん、お母さん、
ごめんなさい。先立つ不孝を許して下さい。
それに、ずっと好きだった人がいたのに、告白もしないで、諦めようとして、あんな下らない男の口車に乗ったばかりに、とても悔しい。こんな所で死にたくない。先輩、土方先輩!ずっとずっと好きでした。助けて、先輩!
と、突然バイクの爆音と共に、バゴーンという凄まじい衝突音。恐る恐る顔を上げて見ると、私達を殺そうとしていた怪物がぶっ飛ばされていた。どうやらバイクに体当たりされたようだった。
「大丈夫?」
私達を助けてくれたバイクの男性が、声をかけてくれた。とりあえず、死なずには済んだみたい。
「はい、大丈夫です。」
そして、命の恩人である、そのバイクの男性を見上げてみると、
「!!」
私を、私達を助けてくれたのは、見まごう事無き土方竜太先輩、その人だ。こんな事、なんという天文学的確率なんだろう、これはもう必然?それとも、満峰神社の神様のお導きなのでしょうか?
私はもう、叫ばずにはいられなかった。
「先輩、私です。中学高校の後輩の北川舞です。」
土方先輩は、一瞬"ん"という記憶を辿るような表情をした後、すぐに私の事を思い出してくれたようで、忘れられていなかった事に心底ホッとした。
先輩から神社の方へ逃げるように言われたけど、雪枝ちゃんはまだ動けそうにない。
そうしているうちに、さっきのオークが再び襲いかかってきた。その後の事は、夢か、現実か。土方先輩は肩から襷掛けに背負っていた刀を鞘から抜き出すと、あっという間にオークの胴を払って絶命させ、更に、私達目がけて殺到して来た数体のオークを、腕から発生させた電流を地面に走らせ、その全てを感電死させてしまったのだ。
一体どういう事なのだろうか?確かに土方先輩は空手をずっと習っていてとても強く、何か不思議な力が使えるという噂もあった。しかし、今のはそんなレベルではなかった。
でも、今はそれを尋ねている場合ではない。先輩がオークを倒してくれたけど、周囲にはまだまだ多くのオークがいるのだ。そして雪枝ちゃんは、何故かずっと先輩を凝視していて、もう歩けるよ、ねえ?
すると、急に辺り一帯の空気が、時が止まったように張り詰めたかと思うと、神社の方から大きな狼のような獣の群れが現れ、オークに襲いかかったのだ。先輩が、あれは満峰神社の御眷属様だと教えてくれた。そして、ここいら辺は安全になったから、その娘を連れて神社の方へ逃げろ、とも。
先輩は再びバイクに跨ると、オークを倒すため大型ヘリの方へ向かって走り去って行った。
何という強さ、そして格好良さ。やっぱり、先輩じゃなきゃダメなんだ。あんな川村みたいな見ためだけの男とドライブなんてしてしまった私は本当に馬鹿だった。だけど、一つだけあの男に感謝するならば、おかげ様で土方先輩と劇的に再会できました、って事。
土方先輩は、私のヒーローで白馬の王子さまだ。私はこの出来事に運命を感じざるを得ないよ。もう、絶対に先輩を諦めたりしない。私はこの先、万難を排してでも必ずこの想いを告げて、先輩の心を射止めてみせる、 そう、この満峰神社の神様に誓って!
※ この後、先輩の傍に嘘みたいに美人な金髪エルフのエーリカさんや、とっても可愛い狼獣人のサキちゃんがいて、とてもショックを受けたのは、また別の話。それでも、私は絶対に先輩を諦めたりしないから。
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