第20話 そしてサキはリュータと出会う
私の名前はサキ、14歳の狼獣人の女の子です。
その日、私は孤児院の仲間5人で、近くの森へ薬草や食用のキノコなどを採りに出掛けてました。
孤児院の先生にお弁当を作ってもらい、ちょっとした冒険気分。こうした森での採取は、私達にとって数少ない娯楽の一つで、みんなもノリノリでした。
私も、採った薬草は売ればお金になるし、キノコとかも夕食のスープの具になるし、孤児院の先生やみんなにも喜んでもらえたらいいなぁ、と思ってたのです。
それが起こったのは、その日も昼近くになり、そろそろお昼ごはんだよね?とミアちゃんと話していた頃でした。ミアちゃんというのは、一番仲の良い友達で、猫獣人のとても可愛い女の子です。
天気は良くて晴れていたのに、急に霧が立ち込めてきて、あっという間に周りは真っ白。何も見えなくなってしまったのです。
私達5人のリーダー格である虎獣人のラミッド君が、大声で呼び集めました。一人一人名前を呼んで全員無事な事を確認。そろそろお昼ごはん時という事で、みんながラミッド君の近くにいて、何時もの「昼メシ食うぞ。」という掛け声を待っていた事が幸いしたのかもしれません。
「怖いね、サキちゃん。」
ミアちゃんか私の左腕にしがみつきます。
「大丈夫だよ。こんな霧、すぐに晴れるよ。」
私はそう言ってミアちゃんを励ましました。私もとても不安だったけど。
その後も霧はなかなか晴れず、ラミッド君がみんなにお弁当を半分だけ食べろと指示しました。正直、私とても不安で、食欲なんてありませんでした。だけどラミッド君が言っている事も良く解るので、せめて干し肉だけでもと口にしたのです。
すると、干し肉の旨味と塩気が口の中に広がり、急にお腹が空いてしまい、気がつけば、もうむしゃむしゃと全部食べてしまう勢い。喉につっかえそうになって、水筒の水を飲んで落ちついたのです。
お弁当を食べると、さっきまで怖くて不安だった気持ちも薄れ、晴れない霧なんて無いんだ、もう少しだけみんなで頑張れいいだけなんだ、と少し勇気が湧いてきたのです。
周りは霧で真っ白なため、みんなの表情はわからないけど、声の感じや雰囲気で、これが自分だけの気持ちじゃないとわかります。
すると、私達の思いが通じたのか、立ち込めていた霧は次第に薄れて始めました。霧が晴れると、陽は既に傾いていて、孤児院の先生方は私達の帰りが遅いと心配しているかもしれません。早く帰らないと、そう思っていたところ、ミアちゃんが変な事を言いだしたのです。
「ねえ、サキちゃん。ここ、何時もの森じゃないよ。」
一難去って、また一難。ぶっちゃけあり得ません。ミアちゃんの言う通り、私達は何故か、全く知らない別の山の中にいたのです。
周りの山々、森の匂い、生えている植物、何もかもさっきまでいた孤児院近くの森とは違っていたのです。
え?何で?どうして? もう、パニックになりそうでした。
みんなもこの状況に驚いて、狼狽えてしまいましたが、ラミッド君がみんなを落ち着かせました。幸いにも近くで廃屋を見つける事が出来たので、残しておいた半分のお弁当を食べ、一夜を過ごしました。
私達が泊まった廃屋は、薄く波打った鉄板で作られた不思議な小屋でした。壁には何か文字が書かれているのですが、見た事も無い文字で読めません。
明くる朝、ラミッド君と狐獣人のアックス君が外に助けを求めに行きましたが、やがて誰もいなかったと帰って来ました。ただ、遠くに町が見えたという事なので、みんなでそこまで歩いて行く事にしたのです。
その町は、川沿いの開けた土地にあり、いずれも初めて見る変わった建物でした。でも、その多くが壊され、焼け落ちていたのです。もちろん、人なんていません。
私達は壊されていなかった倉庫のような建物を見つけ、取り敢えず、そこで過ごす事にしました。食べ物や水は近くの家々の中に沢山あり(不思議な袋や入れ物に入っていて、開けるまでが大変でした)、不安はあったけど、今すぐに死んでしまう事は無さそうなので、もう寝ようか?、となりました。
私達は皆、親に捨てられたり、死別したりして孤児院でお世話になっている身の上です。生きていく、という事には順応性が高いのかもしれません。それに、仲間と居れば何とかなるとも思っていました。
でも、それはどうも甘い考えだったようでした。何故かと言えば、奴等が現れたからです。
次の朝、突然、私達が泊まっていた倉庫を襲って来た蜘蛛の魔物、アラクネ。あっという間に糸で搦め捕られて行く仲間達。私が咄嗟に窓から逃げられたのは、まさに奇跡でした。
(だけど、一人でどうしよう。みんなを助けたいけど、私一人じゃとても無理だし。誰か、助けを呼ばなくちゃ。)
しかし、現実は飽くまで非常です。何かゾッとするような視線を感じたので、恐る恐る振り返って見ると、一体のアラクネが私を見て笑っていたのです。
「ヒッ」
逃げなきゃ、逃げなきゃ。頭の中でその言葉が繰り返されます。でも、身体が動かないんです。
アラクネはそんな私を見て、残忍そうに笑います。そして、片手を私に向けて糸を出そうとしたその時、とても強い魔力の波が感じられ、それに気を取られたアラクネに一瞬の隙が生まれたのです。
"今だ!"
誰かが放った強い魔力の波は、私の心を縛っていた恐怖の糸をも断ち切り、私は咄嗟に逃げ出す事が出来ました。
狼獣人である私は脚力も強くて、走るのも早くて得意です。だけど、足が8本もあるアラクネの方も早く走る事が出来るようで、私は懸命に走ったけど、追いつかれそう。
建物の間、路地を抜けると、広い道に出ました。道の向こうは崖。右に逃げるか左か?でも、アラクネも路地から出て来そうでした。。
すると、3人の若い男女が私の方へ駆け寄って来たのです。
「来ちゃダメ!」
思わず、私はそう叫んでいました。だって、アラクネはすぐそこまで迫っていて、今、こっちに来たらあの人達まで捕らえられて、食べられてしまう。それに、あの人達がアラクネを倒せるとは思えなかったし。
それでも、3人は私の元へと来てしまい、アラクネに驚いていました。だから言ったのに。
「あなた、狼獣人ね?」
そのように言った女の人を見ると、エルフでした。3人のうち、2人は金髪と銀髪のエルフ女性。もう1人はヒト族の男の人でした。
アラクネは獲物が3人も増えて嬉しいのか、叫び声を上げると、両手を私達に向けて大量の糸を放射したのです。私は銀髪のエルフさんに抱きしめられている状態なので身動きが出来ず、これは流石にもうダメだと、って、え?
「炎よ!」
見ると、アラクネが放った大量の糸は、男の人の火魔法で全て燃え落ちていました。
(この男の人、魔法使いなんだ。何か期待出来そう。)
そう思った私は、思い切って仲間達を助けて欲しいと彼に頼みました。
魔法使いの男の人は、そう言った私の顔をじっと見ると、自らをリュータと名乗り、私の名前を尋ねます。
「私、サキです。」
「じゃあ、サキちゃん。まずは目の前のアイツを片付けるからな。」
リュータと名乗った魔法使いの男の人は、そう私に約束してくれたのです。
「はい!」
私は既に、リュータさんがアラクネなんかすぐに倒してくれる事を確信していました。根拠なんてありません。でも、リュータさんの声を聞いて、そう思えたのです。
それからはあっという間にでした。リュータさんは、瞬時にアラクネに近づくと、その顔にファイアーボールを叩きつけ、次いで飛び上がって、もがいているアラクネの頭を回し蹴りで粉砕してしまったのです。
(凄い!)
でも、そんな強いリュータさんも、金髪エルフさんには弱いようで、ツカツカと早歩きで歩み寄った金髪エルフさんに、いきなり平手打ちを食らっていました。危ない事するな!という事らしいのですが、私の命の恩人に対してあんまりです。
私は2人が喧嘩になるかとハラハラしてしまいましたが、リュータさんは金髪エルフさんに平謝り。なんとなく、この2人の力関係がわかってしまった感じです。
その後、リュータさん達が他の3体のアラクネを倒して仲間達を、助けてくれる事になりました。今日、さっき会ったばかりの見ず知らずの私達を助けてくれるなんて、もう感謝しかありません。
でも、アラクネを倒しても、捕獲された仲間達が無事とは限りません。もし、みんなが既に食べられて死んでしまっていたらどうしよう。ずっと一緒に育ってきたみんなが死んでしまうなんて嫌だ。それに、もしそうなったら誰も知らないこの世界で独りぼっちになっちゃうよ。
私はリュータさん達の救出作戦の成功と、みんなの無事を祈らずにはいられませんでした。
すると、ふいに誰かに頭をポンポンされました。
「ふえ?」
思わず間抜けな声を出して驚いてしまいました。誰なのかと振り向いて見ると、リュータさんでした。
「大丈夫。俺達がみんな助けるから。」
この人の声はどうして、力強くて安心させてくれるのでしょうか?リュータさんが私の心に力を与えてくれます。きっと、みんな助かる。今までと同じように一緒にいられる。
果たして、3体のアラクネはあっという間にリュータさん達に倒され、繭の中に捕らわれていた仲間達も無事に助け出されました。
もう私は、リュータさん達にどのようにこの恩を返せばいいのか、わからないくらいです。私は一生かかってでもリュータさん達(特にリュータさん)に、助けてもらった恩を返して生きたいと思います。
私は14歳で、まだ子供だけど、あと1年で結婚出来るようになる。恩を返すために、リュータさんにお嫁さんに貰ってもらうのもいいかなぁ、なんてね。
行く手には金髪エルフのエーリカさんという強敵がいるのだけど、ずっとリュータさんの側にいられて、お世話が出来れば二番目だって私は全然構わない。
なんか異世界に来ちゃって大変な目に遭ったけど、仲間達と一緒だから平気。それにここだけの話、強くて、格好良くて、優しくて、とっても素敵なリュータさんと出会えたから、異世界も案外悪くないかな、なんて思ったりもしてます。
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